【#創作大賞2026 エンタメ原作部門】『おれとわたしのはんぶんこ』第07話「贖罪」
《第07話 本文》
「なあ姫川、ちょっと訊きたいんだが昨日の夜、駅前のファミレスにいたか?」
冷えて乾ききった空気を伝わる嫌な質問が、ぼたんの耳朶を鋭く打ち据えた。
「警察から連絡があってな、ヘンな男が捕まったそうなんだ」
あの騒ぎの翌日、学校に行ったぼたんを待ち構えていたのは寄りにもよって職員室への呼び出しと、教師に聞かされた八王子豊明の一層ロクでもない顛末だった。
「閉店まで居座っててとんでもない量の無銭飲食した男がな、自分の娘はこの学校の生徒会長だって、ずっとそればかり言い張って騒いでるらしいんだ。逆にそれ以外は、あまり話が通じないらしいんだが」
ぼたんは暗澹たる気分になった。この期に及んで、あの男は更に迷惑をかけてくるのだ。教師の心配するような、憐れむような眼差しが刺すように痛い。
釣りが出るほどの金を出したのに無銭飲食ということは、最初からぼたんにたかる気でいたということだ。それも、歪な自己愛に憑りつかれたあの男のことだ、ひょっとすると騒ぎを大きくするために、あの後ワザと暴飲暴食した可能性さえあった。ぼたんは本当に泣きたくなってくる。只でさえ昨日は一睡も出来なかったのだ。
「学校としては、事実だけでも先に確かめておきたいんだ。正直に話してくれないか?」
「…………答えたく、ありません」
ぼたんは殆んど働かない頭を回転させて、やっとの思いで言葉を絞り出す。
が、それはうつむき加減で、普段とは違ってあまりに頼りなく、説得力にも欠ける表現だった。当然ながら、言われた側もやや戸惑っていて、
「でも昨日、姫川がその場所から出てきたのを見た人間もいるんだ」
「だったら…………何だというんですか」
「姫川、分かってるとは思うが姫川は、学校のみんなに責任を持つ立場なんだ」
教師の言葉が、何処か遠い彼方から聞こえてくるように感じる。それは昨日、ぼたんが父に放ったのとそっくり同じ言葉だった……。
「だから、本当のことを言って貰わないと困るんだ」
ぼたんは何故自分が責められているのか分からなかった。立て続けにショックなことが起こりすぎて、頭の中の何もかもがグチャグチャになっていたからだ。
けどこれはきっと、自業自得なのだとも思った。りりに長らく付きまとい、自己満足を押し付け、ずっと迷惑をかけ続けてきた、ぼたんに課せられた贖罪。教師による詰問にも近い事実確認も含め、やったことが巡り巡って自分自身に返ってきただけなのだ。
ぼたんの鼻の奥に、ギュウッと熱いものが滲み出す感覚がした。
「…………わたしは、」
「――――おれの親父です」
りりがいつの間にか、ぼたんの隣に息を切らせて立っていた。
その場にいた全員が、えっと驚きの声を上げる。ぼたんは一瞬、夢でも見ているのかと思った。だが自分に向けられる鋭い眼差しは、確かにりりのものだった。
「りり……わたしは」
「お前少し黙ってろ」
りりはピシャリと言い放ってぼたんに言葉を飲み込ませると、呆気に取られている教師相手に矢継ぎ早にまくし立てるようにして言った。
「八王子豊明。もう一度言いますけど、おれの親父の名前です。思い込みと妄想が酷くて、おれやおふくろから相手にされないんで、前から心配してくれてた生徒会長のお人好しにつけ込んだんです。おふくろに電話すりゃ分かります。とにかくこいつはおれを庇おうとしてくれただけで、無関係です。もういいですか?」
教師が困惑して電話をしようか迷っているその隙に、りりは「ほら行くぞ」とぼたんの腕を引っ張って、彼女を強引にその場から連れ出した。教師の慌てて呼び止める声がした気がしたが、それもあっという間に聞こえなくなっていった。
部屋を出て廊下を少し行ったところで、ぼたんは自ら足を止め、生まれて初めてりりのことを睨みつけて言った。
「……何故あんな嘘をついた」
「九割ホントのことじゃねえかよ」
「いいからもう放っておいてくれ……」
「お前にそれ言う資格ねーから」
「離せと言ってるんだ!」
半ば自暴自棄となって、昨日のように絶叫して手を振り払おうと試みるが、りりの手はぼたんを想像以上の強い力でグッと握りしめ、離そうとする気配がなかった。
「頼むから一人にさせてくれ……!」
「自己満足も大概にしとけよお前」
りりの鋭い声がナイフのようにぼたんの胸に突き刺さる。
「お前ひとり潰れたら何とかなるって本気で思ってんのか」
「りりにこれ以上、迷惑をかけたくないんだよ!」
「あのクズの血はおれにも半分流れてんだよっ!」
ぼたんは反論しようとして、必死に頭を巡らせて、結局言葉が出てこなかった。
代わりに抑えつけていた怒りと悲しみと悔しさが、ぐちゃぐちゃの混然一体となって、目と鼻の奥から溢れ始める。ぼたんが耐え切れずにとうとう膝をついて崩れて尚、りりは冷たい目をしながらも決して彼女の腕を離す気配はなかった。
一方、廊下で朝からあんまり大騒ぎをしていたものだから、周囲にはいつしか遠巻きに見つめる人だかりが出来始めていた。しかもそこにいたのは、学園トップクラスに有名な優等生と不良の代表格。その片方は床に座り込んでみっともなく泣きべそをかいているのだから、ヘンな憶測を呼ぶのも無理からぬことだった。
これにはりりも辟易とせざるを得なかったのか、彼女は露骨に舌打ちするとひとまず、ぼたんに立ち上がるよう言った。
「おい、馬鹿みたいに目立ってんぞ。とりあえず動け。おい、聞いてんのか」
「何だよ……うざいって言ったクセに……重いって……自分でそう言ったクセに……!」
「あーもう面倒くせえ!」
言うが早いか、りりはぼたんの身体をひょいと抱きかかえてしまった。ずっと重かった全身が軽々と浮き上がる感覚に、ぼたんは小さく息をのみ身をすくめる。どよめきを覚える野次馬に向かって「どけ!」と、りりは射殺すような目つきで一喝した。
「こいつは、てめぇらの見せモンじゃねえんだっ!」
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