忘れる
幻界、現界、言界という言葉を私はよくつかいます。
幻界とは、思い、夢、記憶のことです。つまり、自分の頭の中にある世界と言えます。
現界とは、現実のことです。自分の外にある世界とも言えます。事物と他人と言い換えてもかまいません。つまり、事(出来事)と物(物質や物体)と自分以外の人です。いまここで(現に)、かかわり合いが持てる対象とのかかわり合いが現界だと思ってください。
言界とは、言葉(音声)と文字としるしです。言葉と文字としるしは自分の中から外に出るものと言えます。言葉は出たとたんに消えていき、文字は消さない限り残るのが特徴です。しるし(sign)は、合図や身振りや表情であれば、すぐに消え、点や線からなる模様であれば消さない限り残ります。
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三つの界の関係の一つは辻褄合わせです。幻界と現界の辻褄合わせを言界がしているのです。
言葉や文字やしるし(言界)が、思いや夢や記憶(幻界)の辻褄を合わせ、また身のまわりの出来事や物や他人とのかかわり合い(現界)の辻褄合わせをしています。
つまり、人は自分の思いや夢や記憶(幻界)、そして事物や他人とのかかわり合い(現界)を、言葉や文字やしるし(sign)に置き換えて、いじっているということになります。
置き換えた別物を、いじって加工したり編集したり変更したりすることで、置き換える前のものをいじったつもりになっているのです。
このように書くとネガティブな感じになるかもしれませんが、こうした人の行動のパターンを活用することもできます。
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幻界を例に取ります。
思い、夢、記憶はいじることができません。思いは思うほど思いどおりになりません。夢を見ながら夢をいじろうとすると目が覚めて夢ではなくなります。記憶を思いどおりに変えると、それは記憶ではなくなるでしょう。
ままならないのです。幻界は思いどおりにならない。自分の中にあるものなのに、いじれないのですから、じれったくもあります。
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悔しいです。私なんか、自分の思いを思いどおりにいじれないかとしょっちゅう「思います」。夢の中で思いどおりに行動できないかなあと「思うこともしきりにあります」。記憶を思いどおりに変えて、いい思い出に浸りたいと、いま、この時点でも「思っています」。
「思います」、「思うこともしきりにあります」、「思っています」――。これでは駄目です。思うだけではいい思いはできません。
誰かの前で言葉にしたり、誰かに向けて文字にすれば、自分だけでなく、他人を巻きこむ行為になります。
念のために言いますが、言葉と文字にするのは、言葉と文字がいじりやすいからです。「いじる」というのは、加工、編集、改変、改ざんのことです。
思いが容易にいじれますか? 夢が容易にいじれますか? 記憶が容易にいじれますか?
(ついでに言いますが、ままならない現実(現界)が容易にいじれますか?)
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思いどおりにならない思いや夢や記憶(ついでに、ままならない現実も)を言葉としていじって、つまり言葉に変換して変更して、誰かに聞いてもらうなり、読んでもらえば、その気になれそうです。
言葉と文字の力はすごいのです。ないをあるに、あるをないに変えることができます(口にする、文字にするだけ)。変えたあとは、その気になる、つまりその振りをするだけです。人は、この振りや演技も得意です。
言葉と文字の力を信じましょう。「ない」は「ある」、「ある」は「ない」――。言う、書くだけ。機械にでもできます。現にやっています、人より上手く。だから、人が頼る。すると、さらに人より上手くなる。だから、人がすがる。そのうち、学ぼうという気になる。
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いずれにせよ、言葉の力を信じましょう。人にはそれしかできることはありません。
ほら、言葉は人と人をつなぐ架け橋だなんてよく言うじゃありませんか。あれです。
端と端のあいだの空(くう)に架ける橋。「ない」は「ある」、「ある」は「ない」。「でない」は「である」、「である」は「でない」。振りをすればいい。演じればいい。
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たとえば、ネガティブな気持ちをポジティブに変える、夢を面白く脚色したりすっかり変える、あるいい思い出をもっといい話に変える。そうやって、誰かに聞いてもらう、読んでもらう。
大丈夫です。安心してください。思いも夢も記憶も、目に見えませんから。他人からは覗けないのです。
その何も知らない他人を巻きこむのです。そうすれば、自分もずっといい気分になれるでしょう。言葉は自分一人でつぶやくものではありません。文字は一人で書いているだけではもったいない。
言葉を発する、文字をしたためる。これは、他人を巻きこむ賭けなのです。
空に架ける。架空、仮空、虚空、虚構。
かける、掛ける、架ける、懸ける、賭ける。
プレイ(play)、演技、遊戯、競技、演奏、賭博。
「ない」は「ある」、「ある」は「ない」。「でない」は「である」、「である」は「でない」。振りをすればいい。演じればいい。
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話を戻します。
・容易にいじれないものを比較的容易にいじれる別物に「変えて」いじって、容易にいじれないものをいじったつもりでいる。
・容易にいじれないものの「代わりに」容易にいじれる別物をいじって、容易にいじれないものをいじったつもりでいる。
上の二文では、「変えて」と「代わりに」が大切な点です。
・「変えて」いじる
・「代わりに」いじる
かえる・かわる:代・換・替・変
「かえる・かわる」と「代わりに」には魔法の言葉。
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もう一つ大切な点があります。
・変えて「いじっている」ことを「忘れる」
・代わりに「いじっている」ことを「忘れる」
人が忘れっぽいと言っても、まさか、「いじっている」ことを「忘れる」ことはないでしょう。
・「変えたこと」を忘れる
・「代わりだということ」を忘れる
こういうことだと考えられます。
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都合の悪いこと、知っていても何一ついいことがないこと、忘れるほうが幸せになれること――こういうことは忘れるのがいちばんです。
というか、忘れるように人はできているのです。普通は。
そんなわけで、この記事で読んだことは忘れてください。言うまでもないことだとは思いますが、念のために念を押しておきます。
人は忘れるようにできているのですから。
というか、忘れるべきことを忘れるのを忘れるというのはよくあることです。老化現象のせいか、私にはしょっちゅうあります。だから、きっとこんな記事を書いているのです。
終わるのを忘れそうなので、忘れないうちにここで失礼いたします。
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ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
