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線を引く

 さかいはありません。少なくとも外にはありません。分類、名前、国境、階層、序列といったものは人の頭のなかにしかないという意味です。
 名前もありません。少なくとも人の外、つまり自然界にはありません。言葉で分けた結果である名前は、人の頭のなかにしかないのです。
 線もありません。もしも、まぼろしをなぞるとすれば、それには輪郭という線がなければなりませんが、対象がまぼろしである限り輪郭という線も、人が頭のなかで描いたものであるはずです。
 まぼろしは線でしか描けないようだとも言えるでしょう。というか、人の思い描くまぼろしのほとんどが線状で人の頭に収納されているのは興味深い事実です。
 話し言葉、文字、映画・動画、楽曲のことです。そしてそれが見える化されるときには、決まって平面上に描かれるのも、これまた興味深い事実です。地面や紙面や画面の上の図や譜や像のことです。
(拙文「写生、描写、作文」より)

 今回の記事は「写生、描写、作文」の続きです。

 お急ぎの方は、「お化粧をする」からお読みいただいて全然かまいません。それでも読めるように書いてありますので、どうぞお試しください。


線を共有する


 人はなぜ線を引くのでしょう? ここ言う線とは、かなり広い意味での線のことです。

 境界線、電線、回線、伏線、線路、斜線、視線、目線、アイライン、アウトライン、エアライン、ガイドライン、休戦ライン、ゴールライン、ライン。

 まだまだありますが、こんな感じです。

     *

 人が線を引くのは、線を共有するためだと私は思います。線とは、ひとりでしこしこ引くものではないのです。

 線は他人に見せるために引くものだとも言えるでしょう。

 線を引くことで、人目を惹くことになります。線は目立つからです。

 辞書を引いてみましょう。

 ひく、引く、惹く、曳く。(広辞苑より)

「ひく」には、これだけの表記がありますが、辞書によっては次のようなまとめ方をしてあるものがあって驚きます。

 ひく、引く、退く、曳く、牽く、惹く、弾く、挽く、碾く、轢く。(日本国語大辞典・小学館より)

 これだけあると確かに驚きますが、「ひく」には共通した動作があるような気がします。試しに「ひく」という動作をしてみてください。

(上の文字の連なりを見ていて感じたのですが、ドン引きという意味での「引く」は「退く」かもしれませんね。それにしても、「しりぞく・退く」も「ひく・引く」とは……。綱引きみたい。)

 以上のことから、辞書での語の分類によって線引きが異なることが分かります。つまり、辞書によって線引きに違いがあるのです。いつか、別の記事として書きますが、分類も線引きにほかなりません。

 分類=線引き。

 線を引かないと分けられない。というか、分けることが即線引きになってしまうのです。

「はい、あなたはAで、私はBです」みたいに。これで「あなた」と「私」のあいだに「さかい」と「名前」と「線」ができました。

 さかいはありません。少なくとも外にはありません。分類、名前、国境、階層、序列といったものは人の頭のなかにしかないという意味です。
 名前もありません。少なくとも人の外、つまり自然界にはありません。言葉で分けた結果である名前は、人の頭のなかにしかないのです。
 線もありません。もしも、まぼろしをなぞるとすれば、それには輪郭という線がなければなりませんが、対象がまぼろしである限り輪郭という線も、人が頭のなかで描いたものであるはずです。

 線を引くことで、さかいがつくられ、それが、さらには名前(言葉)として共有されます。線を引くことで、その線が共有されるとは、そういう意味です。

 線を引くという行為の奥の深さを体感していただけたでしょうか?

 話を戻しますが、「線を引く」ことで、「気を惹く」ことにもなります。ひいては(延いては)、目線や視線を集めることにもなります。

連鎖、延長、拡大


 目線や視線を集める――。

 線は線を呼ぶのです。線を引くことで線は増えるとも言えます。一度線が引かれると、連鎖が起きるのです。

 以下の文字列を眺めていると、その線が切っ掛けとなっての連鎖と拡大のイメージが感じられるのではないでしょうか。

 ひく、引く、惹く、曳く、牽く、弾く、挽く、碾く、轢く。

 しく、敷く、布く、領く・しく・うしはく、敷設、布石・敷石、配布、布教、公布、散布、領土、領地、領域、領分、占領、戒厳令を布く、制度を布く。

 私は、「ひく・引く」の大規模なものが「しく・敷く」だとイメージしています。ただし、語源的に両者はつながりませんから、あくまでも私の個人的な感想であり印象です。

 地面に線を引く、大地に鉄道を敷く――。「敷く」は大規模であり、建設とか建造までいくのです。

     *

 話が広く大きくなってきて恐縮ですが、このまま続けます。

 線、連鎖、延長、拡大。

 境界線、電線、回線、伏線、線路、斜線、視線、目線、アイライン、アウトライン、エアライン、ガイドライン、休戦ライン、ゴールライン、ライン。

 線 ⇒ 伸びる・延びる
   ⇒ よる・縒る・撚る・より合わせる、つむぐ・紡ぐ
   ⇒ あむ・編む・網む・あみ・網、おる・織る・織物・weave
   ⇒ ウェブ・web・網

 上に挙げた文字列(言葉)を見ていると、電線、回線、線路、エアラインといった線が「のびる」と、網状や織物状のシステムへと発展することが見て取れると思います。

     *

 この「のびる・のべる」がまたおもしろいというか、刺激的なのです。

 のびる・伸びる・延びる
 のべる・伸べる・延べる、述べる・陳べる・宣べる

「ひろい・ひろがる・ひろげる」とイメージが近い気がします。

 ひろい・広い・弘い・寛い・濶い・博い 
 ひろがる・広がる・拡がる
 ひろげる・広げる・拡がる

 このように見てくると、点、線、帯、面という流れを感じないではいられません。立体まで、もう一息ではないでしょうか。

 また、知識や情報が広がっていくイメージもあります。

 広報、広告、博識、博学、弘布、弘報。

 こうした知識や情報の拡大の根っこには、文字という点と線からなる「しるし」と、始まりと途中と終わりがある事(出来事)であり、線状に進む言葉(音声)があります。

・こと【言】(事と同源)
・こと【事】(もと「こと(事)」と同語)

広辞苑より

 かつては言が事であって、人びとのあいだで広まっていった時代があったと考えたくなります。

 言(こと)は事(こと)なのです。両方とも、発せられながら、そして起きながら、つぎつぎに消えていきます。

 誰かが声(言)を発し、それが相手に記憶されて、さらにそれが口伝されていく。

 誰かが線を引いて相手に示し、その見える線が残る。またはそれをなぞる形で、別の誰かが新たな線を引く。そうやって伝わっていったのかもしれません。

 聞こえるものであれ、見えるものであれ、やはり線は共有されるためにあるのです。しかも発話や文字として、人の外にないと人びとのあいだで共有されません。

     *

 点 ⇒ 線 ⇒ 帯 ⇒ 面・平面 ⇒立体

 地図や設計図を連想します。

 図、譜、像

 点と線と面からなる、上の三つについても考えてみたいです。

 話が拡大してきたので、身近な話題に変えます。

お化粧をする


 線が共有され、人目や気を引き、さらには目線や視線などの線を呼ぶということについては、お化粧を例に取るのがいちばん分かりやすいと思います。

 お化粧の基本は線を引くことだそうです。顔を面(つら)とも言いますが、地面や紙面上ではなく、顔面に線を引くのです。

 線とは面に引いて、残し、人に見てもらう(共有される)ものだと言えるでしょう。そう考えると、線と面の親和性にはすごいものがあります。

 平面にしか線はちゃんと引けないと考えれば、当り前で拍子抜けしますけど。

     *

 お化粧の話をしていたのでした。

(私は真っ直ぐに線を引きながら話をしていても、すぐに脱線するので、軌道修正を心がけなければなりません。たぶん、頭の中が平面ではなくて凸凹なのです。)

・アイラインを引く、眉をかく、紅をひく(さす・刷く)、アイシャドウを塗る。

「塗る」とか「さす」とか「刷く」とも言うようですが、どれも線をひく動きが基本としてあるみたいです。間違っていたら、ごめんなさい。

     *

 特に大切なのは、アイラインを引くことでしょう。

 顔の中では目がいちばん目を引きます。

 目が目をひくわけです。目が目線や視線を集めるのです。いつか、どなたかの琴線に触れることもあるにちがいありません。

 線を引く ⇒ 目を引く ⇒ 目に付く ⇒ 目立つ ⇒ 視線を集める

     *

 なんて偉そうに書いていますが、残念ながら私はお化粧の習慣がありません。経験がないと言うべきでしょう。

 お化粧というのは、かつては(大雑把な言い方で申し訳ありません)、男女の別なくおこなれていたという話を見聞きした記憶があります。

 現在でも、世界では地域によっては性別に関係なくおこなわれているとか、なんとか……。

 話を少し変えます。

境界線、縄張り、テリトリー


 タトゥー(刺青・入れ墨)も、線を引くとか線をかくことが基本になっているようです。

 お化粧と同じく、人に見せるために、つまり人と共有するために、線を引く行為とか行動だと言えそうです。

     *

 話は飛躍しますが、化粧やタトゥーが示威行為の一つであり、敵や相手を威嚇する目的で利用されてきたらしいことも気になります。

 境界線や縄張りやテリトリーともかかわる行為だという意味です。私は線だけでなく、線状の物(武器になりえます)や、線を描く動き(監視や偵察や包囲のことです)にも注目しています。

 線を引く行為は、きな臭かったり、生臭かったり、さらには血生臭い出来事に発展する切っ掛けにもなりうるのです。めちゃくちゃ言って申し訳ありません。

 説明します。

 線を引く ⇒ 切る・伐る・斬る・截る・剪る
      ⇒ kill
      ⇒ 絶つ・断つ・裁つ・截つ

 kill で自分でも笑いそうになりました。「切る・斬る」で kill ですよ。まるで、笑って覚える英単語とかみたいじゃありませんか?

 いずれにせよ、私はこんなふうに連想にうながされ(うなされることもあります、ちなみに「うなされる」は魘されると書くそうです、こわい字面の漢字ですね、魔と激似じゃないですか)、導かれながら記事を書いているのです。

 でも、つながるのです。これが、なぜか……。ですので、ご辛抱願います。

     *

 話を戻しますが、いったん引かれた線は、人目に付くという意味で共有されます。線は誰もが目にする、つまり公共性を帯びるのです。

 線を引く ⇒ 目を引く ⇒ 目に付く ⇒ 目立つ ⇒ 視線を集める

 引かれた線は、「しるし」や記号(符号)や象徴にもなりうるとも言えます。ただし、「しるし」にまでなるには直線では無理な話であり、曲線を含む、点と線からなる模様(紋様・文様)と考えるほうが現実的だと思います。

 文字もそうでしょう。特に漢字のことです。文字は人類の編みだした、もっとも洗練された線なのです。人類がここまで来たのは、ひとえに文字のおかげだと私は信じています。

     *

 線を引くという目を引く行為は、個人をこえた共同体の中だけでなく、共同体間の出来事にもなりえます。共同体間での線引きですから、事件や争いに発展するのは分かりやすい展開だと言えるでしょう。

 また、共同体とかかわる以上、線を引く行為が何らかの象徴的な儀式や行事であるというのもまた分かりやすい話ではないでしょうか。話が抽象的になってきたので、具体的な例で見てみましょう。

     *

 以下の動画を見ながら、線、線状の物(目に付きにくいですが、きょくたんに長く出した舌も線状だと言えます、威嚇するために相手の気をひいているのです、私は剣や槍の先を連想します、めちゃくちゃ言ってごめんなさい)、線を描くような動き(示威および威嚇行動)に注目してみるとおもしろいかもしれません。

 私がいちばん目を引かれるのは目線です。すごい圧を感じます。目力です。線は力だとも言えるでしょう。

 目力・めぢから、眼力・がんりき・がんりょく、眼光・がんこう。
 力、force、power、energy、authority(権力・権威)。

 光線や放射線や磁力線とか、ベクトルや力線や作用線を連想しないではいられません。やはり、線は力なのであり、方向性を持って進む、力の流れなのです。

まとめ


線は人に見せるために引く。引いた線は人に見せて、なんぼ。
・いったん引かれた線は、共有されてしまう。
・線は線を呼んで増えるし、のびる。
線はのびることによって、ひいては網状や織物状のシステムに発展していく。
・線は力であり、方向性を持って進む力の流れ。

 境界線、電線、回線、伏線、線路、斜線、視線、目線、アイライン、アウトライン、エアライン、ガイドライン、休戦ライン、ゴールライン、ライン。

 今回は、そんな話をしました。

     *

 最後に、お化粧についての思い出話をします。

 若い頃の話です。ある人がお化粧をしているのを見ていたことがあります。お化粧に関心があったのではなく、他に見るものがなくて、ぼーっと見ていたのです。

「ねえ、なんで女は化粧をするのか分かる?」
「えっ? 分かんないけど、なんでなの? 男の人に見てほしいからじゃないの?」
「それが違うのよね。男に化粧なんて分かるもんですか。どんなに丁寧に化粧をしても、男は見てくれないもん。あなたが、そうでしょ?」
「じゃあ、誰に見てもらいたいの?」
「女に決まってるじゃないの。見る目のある同性に見てもらって、ちゃんと評価してもらいたくて、いい化粧品をつかったり、化粧法の技術を磨くわけ」
「……」
「女は戦いのためにお化粧をしているってこと。戦いの相手は女よ、もちろん。女が敵なの。念のために言っておくけど、男をめぐっての戦いじゃない。この戦いで男は関係ないの」
「……」

 あの人は、いまどこに――。

     *

 線は見せるために引くという話でした。

(つづく)
 
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