サイクロンを遠く離れて
■走りの結論
そんな私が最終的に選んだバイクはHONDA HORNET。
排気量250cc、4サイクルのオンロードモデルだ(オンロードは舗装道路用、オフロードは林道や土がむき出しの道でも走れるバイク、とイメージしていただけると分かりやすいかもしれない)。

スピードは出るが、スパルタだったTZR125に比べ、このHORNETは私にやさしいバイクだった。
まず、脚付きがいい。つまり座るシートの高さが高くないので、ゆったりと片足でバイクを支えていられる。
エンジンはセルスターターなので、ふくらはぎに痣を作ることもない。
また、2サイクルエンジンのTZRはエンジンオイルをガブガブ飲むヤツだったが、こちらはそんなことはないし、排気ガスで背中が黒くなることもない。
前傾姿勢で乗ることには変わらないが、角度が緩いので、長いこと乗っていてもそれほど首も痛くならなかった。
何より今度は250ccなので、堂々と高速道路を走れる。車検もいらない。
落ち着いたバイクだった。
そしてその頃には自分の走るベクトルが分かって来た。
私は「速く走りたい」より「どこまで行けるか試したい」からバイクに乗りたいのだ、ということが。
■HORNETとの冒険
その思いを実現させたのは、HORNETのオーナーになってから1年も経たない頃。たどり着いた先は高知だった。
その時は一番、自分の気まぐれのままに動ける環境で、
「どこまで行けるか、まず、行けるところまで行ってみよう」
という軽さで、本当に思い付きで旅立ったのだった。
当時、お盆休みが取れて5日間のうちの、4日を旅程に充てた。
朝は5時に出発。高速道路をフルに使って、ノンストップで東京から西へ、西へ、とバイクを走らせる(あ、もちろん途中のパーキングエリアで、休憩はちゃんと入れた)。
TZR125はスピードで体に風が刻まれたけれど、HORNETの方は、そこまで加速が出なくても、体は起こしながら走るので、風を受ける感覚は、そんなに変わらなかった。
そのままただひたすら驀進し、夕方の5時前に高速を降りたら、なんとそこは岡山だった。
(おお、やる気になればここまで来られるんだ!)がこの時の私の、喜びと感慨がないまぜになった感想だった。
もちろん「行けるところまで」ツアーなので、宿なんか予約していない。でも、そこから岡山駅まで走って、閉店直前の観光案内所に飛び込み、宿を紹介してもらう。
思えば案内所の人には閉店間際の、イヤな客だったろう。
…ごめん。
でもその時の私は(どんなことでも挑戦したら道が開けるんだ!)というポジティブな喜びしかなかった…。
翌日は少しスピードを緩める。
せっかく岡山まで来たんだからここで一発、観光しよう、と倉敷まで走る。風情のあるなまこ壁を眺めながら、ソフトクリームをなめなめそぞろ歩くと、自分がちょっと粋な人間になった気がした(笑)。
そして再びバイクにまたがり、国道を走ると瀬戸大橋に誘導する案内が見えた。
(そういえば私、四国に行ったことがなかったな)九州には修学旅行で行ったのだが。
―――だが、これで次の行き先が決定した。
ところがそう決めたクセに、四国四県のこれといった観光名所の知識が、私にはなかった。が、そんな知識レベルの私でも、四万十川と桂浜くらいは思い浮かべることができた。
決まりだ。
―――高知を目指すことにした。
瀬戸大橋を順調に渡り終わり、いよいよ初めての四国上陸。心が躍る。
ロードマップと案内板を頼りに、どうにかこうにか高知県にまでたどりつく。ここまではよかった。
が、第一目的の四万十川に向かう途中で、道に迷った。緑あふれかえる、自然豊かな山道だった。
しかも、走っても走っても人が通る気配がない。
こういった道なら農家の人とかが運転している軽トラックくらいは通りそうな気がするが、それすら一台も通りかからない。
その上、雨が降り出した。
こんな状況なのになぜだか「高知市は三重県の尾鷲市に次いで雨の多い地域です」という昔、社会科資料集で見た知識が脳裏によみがえる。が、そんな事実が今この瞬間、証明されたところで今の私を救ってくれるわけではなかった。
そのうち強い空腹感を覚えたので一旦、バイクを停めて、岡山の街で買ったチーズクラッカーを食べる。と、これが体の中で即座にエネルギーに変わるのが体感で感じ取れる。
むむ。これは体内のエネルギーもエンプティに近い。ヤバイぞ。
ただ、止まっていても時間が経つばかりだ。下手したら日が暮れてしまう。
再びバイク上の人となり、とにかく道幅の広そうなルートを懸命に走る。
(落ち着け、落ち着け。こういう時に落ち着くことで生き延びる確率が高くなるんだ!)と自らを律する。
でもそんな言葉とは裏腹に、私の心は見事に浮足立っている。
大丈夫か?!私!
自分の体感ではかなりの時間が経ったように感じた頃、遠くに水音が聞こえ始めた。
しめた!!
音が導いてくれる道をたどると、不意に欄干(らんかん)のない橋と、河が目に飛び込んできた。ついでにこの雨の天気だというのに、その欄干のない橋から元気に河に飛び込んで遊ぶ、子どもたちも目に入った。
そして橋からそう遠くない河べりにはご丁寧に「四万十川」と、看板が名乗りまで上げているではないか。
…一気に気が抜けた。
曇っているのでそれほど青くは見えない河と、ハイテンションで遊ぶ子どもたちを見ながら、私はしばらくぼーっと、目的地に着いた達成感と、ただただ呆けていられる幸せに浸っていた。
そしてその日も宿など取っていない私は、今度は観光案内所もなかったため、派出所のお巡りさんのご厚意で、近くの民宿の電話番号を教えてもらい、そこで無事に夜を迎えたのだった。
(お巡りさん、あのときはありがとう。そしてその前の日の、観光協会のお姐さんも)
宿で見返してみると、私が予定していたルートを外れたのはほんの200~300mくらい。割とすぐに元のルートに戻っていた。1時間以上、彷徨っていた気がしていたが、時間も実質、20分ほどしかロスしていなかった。
人間、パニックになると恐ろしいなぁ。いや、私がテンパりやすかっただけか、と自分にツッコミを入れるのだった。
この間、記事に取り上げた紀行エッセイスト、たかのてるこさんの言葉は正しい。
「生きて帰りさえすれば、ぜ~んぶ、笑い話」
その通りだ。
翌日は結局、時間が取れず、桂浜には寄らなかった。そのまま同じルートを戻り、東京に帰った。
こうして私とHORNETの大冒険は、その幕を閉じた。
でも、やっぱり、
―――楽しかったなぁ。
■サイクロンを遠く離れて
と、これだけ楽しい思い出をもらっておきながら、今の私はバイクには乗っていない。
家族を乗せたり、買い物で大荷物を運んだり。バイクだけでは積み切れない荷物が増えていったため、次第に私のメインの乗り物は四輪車に移っていった。
自分のためだけに使える時間も減って来て、泣く泣く切り捨てるものも出てきた。
バイクもその一つだった。
でも、もしもう一度機会ができたら、またバイクに乗りたいか、と問われたとしても、何のてらいもなく“Yes”とは言えないと思う。120kg~210kgくらいあるあの車体を、もう一度転がそう、って気になれるかなぁ、とためらってしまうだろうから。
けれど、サイクロンを探して始まったバイクとの思い出は、暖かく、明るく私の胸を照らす。
サイクロンから遠く離れても。
