遊牧民の夫が見つけた圏外の宿で自分を放牧してみたら、何者でもないことが軽かった
わたしには、モンゴル人の遊牧民ダーリン、つまり夫がいる。夫は大自然で生まれ育ったせいか、時々ものすごい引きの強さを見せる。
「ここ良さそうだよ」
今回のモンゴル旅の宿は、夫がFacebookと野生の勘で見つけてきた新しいキャンプ場。予約サイトではなくFacebook。そのへんからすでに、東京の常識とは違う。
いざ向かうと、Googleマップが指す大草原の目的地には、簡単には辿り着けなかった。自然に近づくほど電波は薄まり、いつしかマップも意味をなさなくなる。頼みの綱は、オーナーとの電話だけ。
そうしてようやく辿り着いた場所で、オーナーはこう言った。
「あなたが、初めての外国人のお客さんです」
風呂もシャワーもない。電波もほぼない。予定もない。あるのは、草原に寝転ぶだけで満たされる時間。大自然。そして、あたたかい出会い。
そんな旅のお話。

世界を旅した夫婦の作った宿
オーナー夫婦は若く、笑顔が素敵な二人だった。旦那さんはインドに7年、ドイツに4年住んだことがあり、世界各国を旅してきた人らしい。奥さんとはカラオケ店で出会い、店員だった奥さんに猛アタックの末に結婚したそうだ。控えめに言って、恋愛強者である。
一方の奥さんは、旦那さんの押しに負けたのだというように、少し照れて笑っていた。穏やかで、やさしくて、でも芯がありそうな人だった。初対面の外国人であるわたしにも、あたたかく声をかけてくれる。旅が大好きで、世界を巡った写真を見せてくれた。

二人には、4歳の息子くんがいた。
「タニネールヒンベー?」
覚えたてのモンゴル語で「お名前はなんですか」と尋ねると、小さな声ではにかみながら答えてくれた。
「この子は、いつの間にか日本に行くことが夢になったんですよ。どこで日本に興味を持ったんだか」
夫婦はそう笑っていた。彼らもまだ日本に行ったことはなく、日本人と接した経験もほとんどないそうだ。つまりわたしは、はからずも彼らにとっての「日本人代表」になってしまった。
ここで変なことをしたら、「日本人ってそういうもの」と彼らの脳内に記録されてしまう。責任重大である。

もともと街に住んでいた二人は、一年前にこの土地を買い、キャンプ場をオープンさせた。今は都会の家と行き来しながら、モンゴル国内で二拠点生活をしている。
「銀行で働いてたんだけど、毎日同じことの繰り返しが退屈で。この場所に来たとき、ああ、ここに住みたいって思ったんです」
奥さんは、そう言って笑った。
ちなみに旦那さんは、卓球の水谷選手によく似ていた。ここでは今後、水谷さんと呼ぶことにする。

急遽ゲルへ
辿り着いたのは夕方。満員御礼だったようで、宿泊場所のコテージにはどうやら空きがないらしい。
「もしよければ今晩は、こちらのゲルをお使いください」
そう言われて通されたのは、普段は調理場だというゲル。うっかり調理場に泊まることになるとは思いもしなかった。これぞモンゴル、という感じがする。
外は雨で肌寒かったけれど、ゲルの中は暖かい。水谷さん達は、なんとかもてなそうと、あれこれ声をかけてくれた。息子くんは、寒そうなわたしたちにタタタっとかけより、手を引いて中に招き入れ、ニコッと笑っておせんべいをくれた。
その手は、小さくてやわらかかった。




二日目からはコテージに移動した。水谷さんが基礎から手作りをしたというコテージはとても綺麗。ものづくりが大好きな夫は「わあ〜すごいなあ」と感心し、作業部屋まで熱心に見せてもらっていた。
小さくてかわいいコテージが並ぶと、まるで絵本の世界のようだった。ちなみに敷地内の少し離れた場所には、小綺麗なトイレも併設されていた。水洗ではないものの、青空トイレで犬に襲われたことがある身としては、それだけでもありがたい。



消えた夫と、勝手に散歩するわたし
2日目の早朝。天気は曇り空だった。目を覚ますと、隣で寝ていたはずの夫がいない。部屋の中は凍えるほど寒く、わたしは布団にミノムシのようにくるまって、出る出ないの葛藤を一時間ほど続けていた。
そこへ、飄々とした顔で夫が帰ってきた。
「あっちの山に、走ってきちゃった」
大自然で遊牧民の野生が刺激されのか、どうやら朝からランニング(という名のダッシュ)をし、山頂で腕立て伏せを100回してきたようだ。
「ほんとはもっと、たくさん出来るんだけど」
100回が不服のようで、悔しがっていた。充分なので、頼むから落ち着いてほしい。ちなみに「ちょっくらランニングしてくるね」というような山ではない。わたしには到底無理である。
どこでも生きていけそうな人を夫にして、本当によかったとも思った。

その日は午前中からすぐ雨になり、一歩も外に出ずに雨音を聞いてすごした。ところが、15時頃になると、信じられないほど空が晴れてきた。夫は眠いらしく、布団にくるまったまま起きない。わたしは雨音をBGMに瞑想をしていたせいか、動きたくてウズウズが止まらない。せっかくなので、眠ったままの夫は置き去りにし、一人でキャンプ場近くを二時間ほど徘徊(散歩)した。

途中、外出先から戻ってきた水谷夫妻が、一人でふらふらしているわたしを見つけて、遠くから心配そうに「おーい」と手を振ってくれた。わたしも手をブンブン振り返し、「散歩中だよ!」と伝えた。ボディランゲージでなんとかなるものである。
昼寝から目を覚ました夫も、突然いなくなったわたしを心配していたらしい。わたしはそんなことはつゆ知らず、ひつじや牛の群れをじっと観察したり、乾燥したうんちを投げたり、仔牛を追いかけて逃げられたりしていた。
それにしても、周辺の景色は美しかった。特に日の入りの時間は、草原が黄金色に染まり、まるで自分もその中に溶けていくようだった。


子どもたちと、言葉なしで遊ぶ
キャンプ場には、ウランバートルから自然を求めてやってくる家族連れも多いようだ。都会で育った子どもたちにとって、草原や森は日常ではない。だからこそ、週末や休暇にこうして自然の中へやってくるのだろう。
キャンプ場には、遊び道具も用意されていた。とはいえ、周辺はどこを見ても大自然である。走ろうと思えば、いくらでも走れ、ゴロゴロし放題なのも贅沢だ。

そんな中、日本人が珍しかったのか、子どもたちが「ヤポンフン!」と近寄ってきた。「日本人だ!」という意味である。見ればバスケットのゴールがある。中高は吹奏楽部、バスケ部からは勧誘されただけのわたしが、「貸して」とボールを受け取った。
(日本人中年の底力を見せたろう)
イメージだけは一人前。シュッと放ったボールはゆるやかな弧を描き、なんと一発目でスリーポイントを決めてしまった。
子どもたちが一斉に「ウオオオオ!!」と沸き立つ。たぶん「スゲー!この日本人、何者だ!」みたいなことを言っていたのだと思う。誰より驚いていたのは、当のわたしである。以来わたしは、このキャンプ場で「謎にバスケがうまい日本人」として認識された。

その後もバレーを一緒にしたり、ラケットで遊んだり、子どもたちが始めたモンゴル相撲を観戦したりした。雨が降ってきても、室内に入る子は一人もいない。まるで昔からの友達のように遊んでいるのに、聞けばこのキャンプ場で初めて会った者同士らしい。昼から夜9時まで、誰にも急かされず咎められず走り回って育てば、そりゃあたくましくもなるだろう。
言葉はほとんど通じない。それでも、一緒に笑い、ボールを投げ合うだけで、なんとなく通じるものがあった。日本人として、爪痕は確実に残したと思う。主に、スリーポイントシュートで。

ちなみに右の子である

美しき森と野の花。動物たちの楽園
今回、夏のモンゴルに初めて来た。青々とした草原には一面に小さな花が咲き、とても美しい。黄色、水色、ピンク、白。青い草原によく映える。



3日目、水谷夫妻が、美味しい湧き水が出るという場所に連れて行ってくれた。そこは、車の乗り入れが禁止された保護地区で、動物たちは一層のびのびして見えた。ボコボコと盛り上がる地面を歩くと、柔らかく、多く水を含んでいるのがわかる。湧き水の場所に辿り着くと、水谷さんたちは、持参したペットボトルに、柄杓で水を汲んでいた。
「これ飲むと胃腸が良くなるよ」と、嘘か本当かわからない話をされ、言われるがままに飲んでみた。冷たくて、ただただ美味しい。
馬も牛も、モシュモシュとなんともいい音を立てて草を食べていた。





身体が整っていく感覚
電波はほとんど通じなかった。2日目あたりにWi-Fiが引かれ、ようやく少し繋がるようになった。携帯の充電も最低限。結果的に、ほとんど携帯の画面を見ることなく過ごした。

水も、電気も、ガスも、ここでは全部が貴重。まだ風呂やシャワーはないので、たらいにお湯を入れて身体を洗った。これが、最高に気持ちいい。水は井戸を掘り、地下水を使っているらしい。毎朝、井戸から汲まれた冷たい水で顔を洗う。
当たり前のようにジャブジャブ使わない生活は、不便なはずなのに、なぜか気持ちがいい。
暖房は、薪をくべて暖をとる。2日目の夜は気温がマイナス4度まで下がり、夫と二人で布団にくるまって眠った。考えようによっては、なかなか過酷。でも、なぜか整うのだ。

食事は、搾りたてのミルクや、捌きたてのひつじ、肉と野菜のスープ。主に肉の出汁と塩だけを使った、シンプルなものが多い。余計なものが少ないぶん、ひとつひとつが沁み入ってくる。
近くの山には森があり、朝、夫と二人で訪れた。まぶしい光と新緑を体いっぱいに感じながら、丸太に座って瞑想をした。遠くで鳴く牛の声と、森の木々がサワサワと揺れる音だけの静寂。日本で目を酷使しているせいか、到着したとき、わたしの肩はバキバキでどんよりと重かった。
「大丈夫?」
夫は何度も心配して、森の中でヘッドマッサージをしてくれた。混じり気のない空気を吸い込むと、身体の奥に新しいエネルギーが巡るようだ。
「あー気持ちいいね」
なぜかモンゴルから帰ると、いつも肌も髪も調子がいい。身体の中に溜まっていたものを流すように、ぐーーっと伸びをした。



辿り着いた先には、白い湯気とやさしい人たちがいた
わたしは都会生まれ、都会育ち。都会も刺激的で好きだ。けれど東京にいると、頭の中はいつも誰かのために動いている。役割、返すべき通知、こなすべきこと。自分のための隙間は、いつのまにかなくなりがちだ。
モンゴルでは、わたしは何者でもない。馬はわたしを見ないし、子どもたちは名前すら知らない。せいぜい「乾燥したうんちを投げる、謎にバスケがうまい日本人」くらいの認識だ。自然に身を置ける気持ちよさもある。でもそれ以上に、誰のためでもなく、ただ自分でいられる軽さが、たまらなく心地いいのかもしれない。
水谷さん夫婦も、ふらっとやってくる動物たちも、草原に咲く小さな花も、実際にそこにいかなければ出会えない。あたたかい塩ミルクティーを飲みながら、ぼんやり思った。
そういえば、私たちが最後の日にゲルへ入ったとき、水谷さん夫婦は牛乳を煮ていた。白い湯気が、ゲルの中にふわっと立ちのぼる。奥さんはわたしと夫を見て「やっぱり素敵なご夫婦ね」と笑い、こう続けた。
「モンゴルでは、真っ白なものを煮ているときに家に入ってくる人は、心が白い人と言われているんですよ」
水谷さん夫婦などと勝手に呼んでいる時点で、わたしの心が真っ白かどうかはかなり怪しい。
でも、あのゲルで迎えてもらった時間は、たしかにあたたかかった。
いつか私たちも、こんなふうに誰かがふらりと辿り着ける場所をつくれたらいい。草原に寝転んでも、あたたかいものを飲んでも、ただぼんやり雨音を聞いてもいい。頭を空っぽにして、少しだけ心がほどけるような、そんな場所を。
(おまけ)フォトギャラリー











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