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配偶者ビザは、愛を書類で証明する国家プロジェクトだった

モンゴル旅行から帰ってきたその日。ポストに不在連絡票が入っていた。
差出人は、入国管理局。

「き….た….!」


そう、私たちはずっとこの日を待っていた。

およそ4ヶ月前、モンゴル人の夫が日本で暮らすための、いわゆる配偶者ビザの申請をしていた。しかし待てど暮らせど、連絡はこなかった。
その間、夫はモンゴルに、わたしは日本にいた。新婚なのに、国をまたいで、許可を待つしかない。痺れを切らしたわたしは夫の国、モンゴルまで会いに行き、数日前に再会を果たしていた。


これまでの数ヶ月、夫は度々「ビザまだだよね」という確認を、「ご機嫌どうですか」くらいの頻度で言っていた。

「ビザ、いつ取れるんだろうね。まあ気長に待とうね」

草原を走る車の中で、ひつじを眺めながら二人で励まし合い、わたしは日本に帰ってきた。
それが帰国したその日に、ポストに入っているとは。いや、正確には、入っていたのは不在連絡票だ。つまりこの知らせは、天国行きか、地獄行きか、まだわからない。
夫にすぐメッセージをした。

「ビザの連絡がきてる!」

これは大事件だ。ウキウキするどころか、心拍数が上がる。

「えーーほんとに」

夫の返答は、いつもシンプルである。


翌日、わたしは仕事だった。運よくちょうど、在宅勤務にしていた。もちろん仕事のためである。断じて、郵便局員さんを待ち伏せするためではない。
転職エージェントの顔をもつわたしは、転職希望者とのオンライン面談があった。画面の向こうで相手の方が話している。わたしは「はい」「なるほど」「そうですね」と真面目な顔で相槌を打ちながら、身体の意識の半分は、玄関に向かってビンビンに研ぎ澄ませていた。

ピンポーン。

鳴った。

来た。

「すみません…ちょっとだけ待っててもらっていいですか」

画面の向こうの人にそう言い残し、そそくさと玄関に向かった。ドアを開けると、郵便局員さんが立っている。見慣れた制服の背後から、後光が差していた。

「簡易書留です。こちら、サインお願いします」

天界からやってきた使者に見えた。神は、ボールペンを差し出した。心臓は、えらいこっちゃと脈を打つ。平静を装い、サインする。受け取った封筒を抱え、また何食わぬ顔でZoomに戻った。

「すみません、お待たせしました」

いえいえと相手は微笑んでくれた。すぐにでも開けたい気持ちを抑え、そこからの面談に120%以上の熱をこめた。

面談が終わり、呼吸を整え、封筒を開ける。
厚手のしっかりした紙が、ていねいに折られて入っていた。正式には「在留資格認定証明書」というらしい。
そこには「1 year」の文字。

声にならない叫び声をあげ、ガッツポーズをしながら部屋をぐるぐる回った。


たった一年。でも、その一年のために、4ヶ月以上待ったのだ。



かれこれ4ヶ月以上前、夫が来日した際に入管へ行き、申請を試みたことがある。
「このまま日本にいさせてください!」と頼んだ結果は、法律通りに「一度お帰りください」だった。夫はおとなしく帰り、わたしはひとり出直して、後日もう一度申請したのだった。


配偶者ビザを取るには、二人が本当に結婚していることを証明しなければならない。結婚したのだから結婚しているに決まっているじゃないか。そう思うのだけど、国境をまたぐと、話はそう簡単ではないらしい。

二人で行った旅行のスナップ写真。メッセージ履歴。通話履歴。課税証明書。残高証明書。身元保証書。住民票エトセトラ。
行政系書類のフルコースを用意し、二人の愛の軌跡を何枚ものレポートにまとめた。
入管に提出した書類の枚数は、合計30枚近くにもなった。やましいことは何もない。何もないのだけど、愛を証明するために預金残高を見せなきゃならん日が来るとは思わなかった。

質問書もあり、出会いからの経緯、なぜ結婚に至ったのか、いつ、どこで、どうやって関係が深まったのかや、それぞれの家族の連絡先まで書いた。親や友人にも話していない詳細な経緯や情報を、わたしは差し出した。つまり、わたしの恋愛事情に一番詳しい第三者は、友人でも家族でもなく、入管の審査官かもしれない。

「おはよう」
「ご飯なに食べた?」
「愛してるよ」

そんなやり取りまで晒したのだ。心底恥ずかしい。個人情報って、なんだよ。
でも、やましいことなど何もない。見るがいい。これが我々の生き様だ!

もはやこれは「一緒に生きていくためのプロジェクト」である。なんなら、モンゴルと日本、国をまたいだ国家プロジェクトと言えなくもない。
そのプロジェクトの中間報告で「許可」という成果を我々は勝ち取ったのだ。
わたしはすぐ夫にメッセージを送った。

「取れた!」
「許可出た!!」
「1 yearって書いてある!!」

返事はすぐ来た。

「ええーー」

かわいい。かわいいが、ここで喜びに浸っている場合ではない。許可が出たということは、このプロジェクトにおいて、次のタスクが発生したということでもある。
これはまだ中間地点だ。次は夫が、ウランバートルのビザセンターで申請をしなければならない。そこで今更、大事なことに気づく。

「あれ、これってもしかして、原本が必要なんだっけ….?」

不意に不安になる。ネットを見れば、さまざまな情報が溢れている。

「原本じゃないとダメだったら、ここから国際郵便で送らないとならないの…?そしたら無理じゃん」

夫は数日後から、モンゴル国内でしばらく泊まり込みの仕事が始まる予定だった。今日と明日を逃してしまうと、次にビザセンターに行ける日は、いつになるかわからない。

「配偶者ビザ、在留資格認定証明書、コピーでいいか」

祈るようにGoogleの検索窓とAIへ打ち込む。
頼む!コピーで許してっ!

情報を漁った結果、どうやら今はPDFのコピーでも申請できるらしい、ということを突き止めた。

ぃやったああ!

まさにプロジェクトマネージャーの気分だ。正直、こういうプロジェクト管理は、会社員人生で何度も経験している。全ての日々は、こういう瞬間のためにあったといっても過言ではない。会社員の胆力、舐めるなよ。


念の為、現地モンゴル支局のメンバーである夫へ指令を出す。

「急いでビザセンターに連絡して、コピーの提出でもいいか聞いて!」

ネット情報だけで勝利宣言するほど、こちらも詰めは甘くはない。夫は、わかった!と言って電話をかける。程なくして報告が入る。

「聞いた。大丈夫だって」

やった!これは勝ったも同然だ!


しかし、このプロジェクト達成には、まだ越えるべき壁がある。
夫はこの3ヶ月以内に、一度日本に入国する必要があるらしい。これからモンゴルでガイドの仕事の繁忙期が始まるってぇのに。

「どうしよう。仕事、休めるかな」

夫がぶつぶつ言い始めた。もっと感動したいところなのに、それに浸る時間もない。落ち着いて、まずこのプロジェクトにおいて必要なタスクを整理し、スケジュールを引く。


許可証をPDFにして夫に送る。
ビザセンターで申請する(夫が)。
ビザを取りに行く(夫が)。
・・・(略)
入国し、在留カードを受け取る(夫が)。
・・・(略)
再入国の手続きをし、場合によっては短い滞在で一度モンゴルに戻る(夫が)。


並べるだけでも、だいぶ慌ただしい。

「とりあえず、これからのことは考えるから、まずビザセンターに行って!」


「わかった!」と言い、夫はその足でバスに乗り込み向かった。わたしは部屋で紙を何度も見ながら、報告をまった。およそ3時間後、携帯が鳴る。


「書類出したよ。一週間後に発行されるって」

こうして無事、たった1日で第一関門をクリアした。お互いの貢献を讃えあう。ただ、「3ヶ月以内の入国」というタスクはまだ残っている。プロジェクトマネージャーとして、これからの采配は腕の見せ所である。


もう忘れかけているが、私たちは新婚である。新婚って、もっと甘いものではないのか。

「やっと一緒にいられるね」とか、「これから楽しみだね」とか、そういうふわふわした時間が少しくらいあってもいいはずだろう。なのに現実は、PDF、ビザセンター、航空券、入国、在留カード。頼むから浸らせてほしい。でも、字面だけではたいそう乾いた現実が待っている。
完全に、新婚生活という名の国家プロジェクトが立ち上がっているわけだ。しかも、タイトな納期付き。

「無事に日本に来たら、何食べたい?」

プロマネとして、メンバーの士気管理は怠らない。達成時の報酬をイメージさせておくのは大事である。

「お寿司」

そう答えた夫のために、「うまい寿司屋リサーチ」をタスクに追加しよう。

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