1歳の娘へ。22歳になるまでの手紙を、今日ぜんぶ書いておく。
娘はいま、1歳。
僕は22歳。
あと21年経てば、娘は今の僕と同じ年になる。
21年。
長いはずなのに、娘が生まれてからの1年は、僕が片方の靴下を探している間くらいで終わった。
昨日まで寝返りもできなかった気がするのに、
もう歩いてる。僕の手を握らないと何もできなかったはずなのに、その手を離す練習を始めてる。
子どもの成長は嬉しい。
嬉しいけど、少しだけ腹も立つ。
こっちはまだ1歳の娘をちゃんと愛しきれているかも分からないのに、勝手に2歳へ行こうとする。
もう少し待ってくれてもいいのに。
父親というものは、21年後も同じ場所にいる保証があるような顔をして、子どもの隣に立っている。
でも僕は、そういう保証をあまり信じていない。
人は急にいなくなる。
家族の形も変わる。
大好きだった人を嫌いになることもあるし、嫌いだった人が死んでから、急に好きだった気がしてくることもある。
だから今日、先に書いておく。
娘が22歳になるまでの手紙を、21年分。
未来の娘が読むかは分わからない。
途中で僕を嫌いになって、こんな文章ごと消すかもしれない。
それでもいい。
これは、娘を正しく育てるための手紙じゃない。
正しく育てられる自信なんかない父親が、それでも君を愛していたことだけ、年齢ごとに置いていくための手紙だ。
2歳の君へ。
多分今より、もっと走るようになってる。
歩けるようになっただけで泣いてた僕は、今度は「走るな」「危ない」「待って」を1日に何十回も言ってると思う。
君が転んだ時、僕は反射的に「痛くない、痛くない」と言うかもしれない。
でも、痛いものは痛いよな。
子どもを泣き止ませたい大人は、たまに子どもの痛みそのものを無かったことにする。
大丈夫だと言えば、大丈夫になると思ってる。
もし僕が「痛くない」と言ったら、無視して泣いていい。
痛かったら、ちゃんと痛がっていい。
転んだ君より先に、見ていなかった自分へ腹を立てているだけかもしれないから。
泣き止むのは、僕を安心させるためじゃなくていい。
3歳の君へ。
「なんで」が増える頃らしい。
なんで空は青いの。
なんで月はついてくるの。
なんでお父さんは仕事に行くの。
なんでお母さんと結婚したの。
最初のうちは僕も嬉しそうに答えると思う。
そのうち疲れて、「そういうもんやから」と言い始める。
大人は何でも知っているように見えるけど、あれはほとんど演技だ。
わからないと言うのが恥ずかしいから、声を少し低くして、それっぽい答えを出しているだけ。
僕も22歳になったら、もう少し大人になっていると思ってた。
妻がいて、娘がいて、仕事もしている。
それでも、わからないことばかりだった。
だから君の「なんで」に答えられない時は、ちゃんとわからないと言いたい。
2人で調べるか、そのままわからないままにしよう。
この世には、無理に答えを作らないほうがいいこともある。
4歳の君へ。
初めて「お父さん嫌い」と言われるのは、これくらいだろうか。
もっと早いかもしれない。
僕は笑って、「はいはい」と流すと思う。
でも多分、普通に傷つく。
仕事中に思い出すくらい傷つく。
だからといって、君が僕の顔色を見て「やっぱり好き」と言い直す必要はない。
子どもは、親の機嫌を直す係じゃない。
嫌いな時は嫌いでいい。
腹が立った時は、僕が父親でも腹を立てていい。
僕は子どもの頃、大人の顔をよく見ていた。
今これを言ったら怒るかな。
機嫌が悪いのは僕のせいかな。
ここにいても大丈夫かな。
そんなことばかり考えていた。
君には、なるべく考えさせたくない。
「お父さん嫌い」と言える家にしておきたい。
言ったあとも、ご飯が出てきて、布団があって、次の日も普通に「おはよう」と言える家に。
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