お盆に帰ってくるなら、夢に出てきてよ。
お盆になると、死んだ人が帰ってくるらしい。
ほんまかどうかは知らん。
そもそも死んだあと、人がどこに行くのかも知らんし、そこからどうやって帰ってくるのかもわかんない。
天国とか、あの世とか、そういう場所が本当にあるのかもわかんない。
でも、この話はけっこう好き。
年に一回だけ、もう会えない人がこっちに帰ってくる。
なんかいいよね。
本当に帰ってきてるなら姿くらい見せてくれても…
とは思うけど、いきなり部屋の隅に立ってたりしたら普通に怖い。
そこはもう少し、生きてる側への配慮がほしい。
だから夢くらいがちょうどいい。
夢って、何年も会ってない人が普通に出てきたりする。
変なのだよね。
夢の中では、その人がもういないことすら忘れてて、昔みたいに喋ってたりする。
あれ少し寂しいけど、少し嬉しくもある。
たった数分だったとしても、もう二度と会えないはずの人に会えたことには変わりないから。
ただ、人の記憶って思ってたより頼んない。
大切な人なら絶対忘れないと思うけど、実際はそうでもない。
顔は写真を見れば思い出せる。
でも声はどうかな。
笑い方は。
名前を呼ばれたときの感じは。
歩き方とか、口癖とか、何か食べてるときの顔とか。
大きな思い出は残っているのに、どうでもよかった部分から少しずつ消えていく。
不思議だよね。
その人が生きていた時間のほとんどは、多分「どうでもいい時間」だったはずなのに。
ご飯食べて、テレビ見て、眠くなって、くだんないことを言って。
そんな普通の日が何百日も何千日もあった。
でも、いなくなってから欲しくなるのは案外そういうところだったりする。
最後に何を言ったかより、普段どんなふうに「おはよう」って言ってたか。
一緒に行った特別な場所より、いつもの席に座ってた姿。
ちゃんと撮った写真より、写真なんか撮ろうとも思わなかった日のこと。
生きてるときは、その人がそこにいること自体が普通だから、そんなもん覚えておこうとは思わん。
また明日会えると思ってる人の声を、記憶したりしない。
明日も聞けるから。
でも「また明日」がなくなってから、急にその声が欲しくなる。
人間ってほんと、こういうとこ不器用だと思う。
なくなる前に大事だってわかればいいのに、なくなって初めて、その人が自分の日常のどこにいたのかわかったりする。
だから、お盆って少し変な行事だよね。
亡くなった人が帰ってくるなんて、冷静に考えたらめっちゃ不思議な話なのに、みんなそれを当たり前みたいに受け入れてる。
多分、ほんとに帰ってくるかどうかだけが大事なんじゃないんだと思う。
一年に一度くらい、
「あの人、今頃帰ってきてるかな」
って考える。
それだけで、しばらく思い出していなかった人を思い出す。
昔飼っていた犬かもしれないし、おじいちゃんかもしれない。
おばあちゃんかもしれない。
友達かもしれない。
もう会えなくなった、大好きだった誰かかもしれない。
その人の顔を思い出して、声を思い出そうとして、そういえばあんなこと言ってたなって、どうでもいい記憶まで引っ張り出してくる。
それだけでも、帰ってきたことになるのかもしれない。
僕の父親も、今頃帰ってきてるんかな。
もし帰ってきてるなら、悪いけどもう少しわかりやすくしてほしい。
物が勝手に落ちるとか、電気が点滅するとか、そういうのはいらない。怖いから。
夢でいい。
夢なら会える。
夢の中なら、多分声も聞ける。
そのとき「あー、そうそう、この声だった」って思えたら、それでいい。
別に何か伝えに来なくてもいい。
僕も多分、たいしたことは言わない。
ただ、少し喋ろうよ。
きっと、会いたい人がいるのは僕だけじゃない。
普段は思い出さないようにしてる人もいるだろうし、思い出すとまだ苦しくなる人もいると思う。
別に今日、しっかり思い出さなくてもいい。
泣かなくてもいいし、お墓に行けなくてもいい。
ただ夜になったときに、
「夢に出てきたらいいな」
くらい思ってみる。
お盆って、それくらいでもいいのかもしれない。
だから、帰ってくるならさ。
ちゃんと夢に出てきてよ。
話すことなんて、何もなくてもいいから。
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