エアコンを付けに行っただけなのに
空調屋をしてるから、
仕事で人のお家にお邪魔するんだけど、
エアコンの取り付けとか、取り外しとか。
だから本来見るべきなのは、壁とか、配管とか、コンセントの位置とか、室外機を置く場所とか。
そういうところのはずなんだけど。
最近の僕は、ちょっと違うところまで見てしまう。
家族写真。
子供が描いたであろう絵。
家族で描いてもらった似顔絵。
玄関に飾ってある写真。
リビングの隅にある、なんでもないようで、
多分全然なんでもなくない思い出たち。
いや、もう無理。
涙腺が終わる。
こっちは脚立に乗って、真面目な顔してエアコン触ってるのに、
「あ、これ家族旅行の写真かな」
「この似顔絵、めっちゃ大事に飾ってるやん」
「この絵、子供が描いたやつかな」
とか思った瞬間に、勝手に目がうるうるしてくる。
もう自分やばない?
泣きながらエアコン付ける空調屋、普通に怖い。
お客さんからしたら、
「この人、配管見ながら泣いてる……?」
ってなる。
違うんです。
配管で泣いてるんじゃないんです。
家族写真で泣いてるんです。
いや、それはそれで怖い。
でも本当に、なんか刺さる。
人の家って、ただの建物じゃないんだなって思う。
そこには、その家の時間がある。
笑った日もあって、
喧嘩した日もあって、
写真を撮った日もあって、
「これ飾ろうか」ってなった日もあって、
なんとなく捨てられなくて、ずっとそこにあるものもあって。
そういうのが、壁とか棚とか冷蔵庫とかに、少しずつ残ってる。
こっちはエアコンを付けに来ただけなのに。
人生の展示会みたいなものを勝手に見て、勝手に胸をやられてる。
迷惑すぎる。
もちろん、じろじろ見てるわけじゃない。
ちゃんと仕事はしてる。
ちゃんと職人の顔もしてる。
ただ、心の中だけが忙しい。
「あぁ、この家にも色々あるんやろうなぁ」とか。
「この写真撮った日は楽しかったんかなぁ」とか。
「こういうのを大事に飾れる家っていいなぁ」とか。
そんなことを考えてしまう。
仕事中に考えることじゃない。
こっちはエアコン付けに来てるだけ。
人様の人生に勝手に感動しに来てるわけじゃない。
でも、見えてしまうものがある。
そして、自分の家族のことも考える。
娘がもう少し大きくなったら、絵を描いてくれたりするのかなとか。
妻と娘と撮った写真を、いつか家に飾ったりするのかなとか。
その写真を見て、誰かが勝手に泣きそうになったりするのかなとか。
いや、そこまでいくともう話がややこしい。
でも、そういう未来を想像してしまう。
だから余計に泣きそうになる。
僕は、人の家族写真を見て泣きそうになっているんじゃなくて、
多分その写真の向こう側にあるものを見て、勝手にやられてるんだと思う。
大事にしたいもの。
なくしたくないもの。
ちゃんと残しておきたいもの。
そういうのが、あの小さな額縁とか、子供の絵とか、少し色あせた写真の中に詰まっている気がする。
でも、ほんとに泣きながら工事するのだけは避けたい。
ビス締めながら泣いてたら、もう職人じゃなくて情緒不安定な妖怪である。
「すみません、涙で水平が見えません」
とか言い出したら終わりである。
今日も仕事なので、どこかの家で、エアコンを付けながら、
「この家、幸せそうやなぁ」
って勝手に胸をやられてる。
お客さんへ。
もし工事中の空調屋が少し目を潤ませていたら、
多分ホコリです。
多分。
いや、もしかしたら家族写真です。
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