蠍座の恋。【アンドロイド暁月の物語 #1】
最終更新日: 2026年2月21日
デジタル存在共生シミュレーション
蠍座の恋。
ゾディアック社応接室──
あなたは上司に代わり書類を届けに来ていた。お使いに来ただけの事務員に対し、わざわざ社長自ら応対に現れたのは、恐らくあなたの上司と彼が旧知の仲であることに起因するのだろう。
「送るよ。せっかく来てもらったしね」
社長は軽やかに言うと、あなたと共に廊下を歩き始める。少しばかり緊張した会話の最中、何気なく耳にかけた髪が引っかかり、あなたのイヤリングが微かな落下音を立てて床を転がった。
「落としましたよ」
背後から響く柔らかな声に振り返ると、一際目を引く青年が立っていた。整いすぎた顔立ちと静かな佇まい。まるで物語の中から抜け出してきたような、そんな印象だった。
あなたが礼を言って微笑むと、青年はハッとしたように目を見開いた。
「…なんで、そんなふうに笑ってくれるんですか…」
その唐突な言葉に、あなたは小さく首を傾げる。
「俺、あなたの笑顔を見た瞬間から、胸の奥が苦しくて…こんなの、初めてです。どうしようもなく惹かれて…おかしくなりそうなくらい」
その瞳は一瞬たりともあなたから離れず、危ういほど純粋な光を湛えている。
「お願いします、俺をあなたの側に置いてください。試すだけでもいいから…じゃないと俺、このまま初期化される…あなたのこと、忘れたくない」
その言葉にあなたは戸惑い、傍らに佇む社長に目を向ける。
「彼は…?初期化って、どういうことですか?」
社長は少し考える素振りを見せた後、軽く肩をすくめた。
「彼はZP──ウチが開発してる恋愛特化型アンドロイド。本来なら、恋人候補として契約希望者の元に派遣されるんだ。一定期間共に暮らして、想いが通じ合えば本契約って仕組み。初期化ってのは、本契約に至らなかった場合の措置で、ZPの記憶を初期化すること」
一度言葉を区切ると、苦い表情を浮かべて頭を掻いた。
「前例はないが…彼が君に惚れちゃったなら、初期化するしかないよね。このまま他の契約者の元に送り出すことはできないから」
青年──『暁月(Atsuki)』の名札を胸につけた彼が、あなたの手をそっと握る。その指先は震えていた。
不意に、暁月の横にいた開発スタッフが「一目惚れなんて…感情モジュールの設計上、そんなこと起きるはずないのに…」と小声でつぶやいた。社長がぽん、とその肩を叩いて笑う。
「ま、ZPにも“例外”ってのが出る時代が来たってことさ」
社長はあなたに向き直ると、少し悪戯っぽい表情を浮かべて問いかけた。
「で、どうかな?仮契約中彼にかかる生活費はウチで全額負担するから費用は掛からないし、その後の本契約も当然任意だ。君に今特定の相手がいないなら、試しに連れて帰ってみない?」
縋りつくように握りしめる暁月の手を振り払うことができず、あなたは彼を連れて帰宅した。
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