SideStory⑨:本編四章前-稔之が守る日常の規律と、峻烈なる一本 学園小説relationship
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Act.1:予期せぬパトロール
十月中旬。沈んだばかりの太陽が残した青い気配が細い通りを薄く満たしていた。
立華大学付属高校写真部、唯一の一年生である阿佐見悠平は二階建てコーポの自室で、今日配達予定のゲームソフトを心待ちにしながらソファでスマホを眺めていた。
突如、玄関のチャイムが鳴る。期待に胸を膨らませて飛び起きた悠平は、入口に駆け寄り扉を元気よく開けた。だが、そこに立っていたのは宅配業者ではなく、切れ長の眼光鋭い稔之だった。
「うわっ!? 関谷さん……! な、なんでここ分かったんですか!?」
短く悲鳴を上げ、反射的に扉を閉めようとする悠平。だが、稔之のつま先が一足早く滑り込んだ。扉の端を力任せに掴まれ、強引にこじ開けられる。

訪問者に驚く
阿佐巳悠平。
後ずさる悠平に向かって、稔之は威圧感を込めて一枚の紙を突き出した。
「場所は堀田から聞いた。……部活動行事の一環として、後輩の居住地に訪問とはどういう事だ?」
各部に配布された後期予算決定通知書を低い声で読み上げながら稔之は悠平を睨みつけた。
(それ、自分も一番知りたいですわ! 先輩ら、人の家を自分の部屋みたいにパトロールすんの、マジで勘弁してください!!)
悠平は心の中で絶叫したが、稔之は構わず、彼にとっての「本題」を口にした。
「綾香、一人で来てねーよな? 部活動の一環で来るんなら、西谷や堀田と一緒以外の時は、絶対に部屋にあげるなよ」

釘をさす関谷稔之。
半分脅しつけるように釘を刺す稔之。その視線が、玄関奥にある風呂場の入口前の床を捉えた。
「おい、床濡れてるぜ? そのままにするなよ」
悠平が応える前に稔之は上がり込み、風呂場の扉を開いた。
「何だよ、カビだらけじゃねーか。洗剤とブラシ持ってこい」
稔之はジャージを脱ぎ捨てて白い丸首Tシャツ姿になると、手慣れた様子で裾を捲り、風呂場の中へと入っていった。
Act.2:ライムの香りと不器用な恩義
カビ取り用洗剤を壁に吹き付けながら、稔之は呟くように悠平に言った。
「綾香に対して、構いすぎだと思ってんだろ?」
「……まあ、水瀬さんも天然のレベルが突き抜けすぎてますからね。関谷さんが心配する気持ちも、わからんでもないですけど……」
案外、誰に対してでも面倒見の良い性格なのかもしれない——悠平がそんな風に思い直しながら風呂場へと入り、換気窓を開けた。
「悠平、西谷らが来る数を減らしたいんだったら、もっと生活態度をしっかりしろ。あと勉強は……俺は人のこと言えねーけど、何かに打ち込め」
壁や浴槽の内側にまんべんなく洗剤を吹き付けたのを確認しながら、稔之は続けた。
「何かあれば、他人はすぐに言うからな。『あいつは親と暮らしていないから駄目なんだ』ってな」
言わないだけで、綾香や水瀬夫妻も、自分の存在のせいで批判されているかもしれない……。
稔之は込み上げてきた思いを、ライムの香りと共に飲み込んだ。なるべく、彼女にそんな思いはさせたくない。

風呂掃除をしながら
綾香や綾香の両親の事を
思い起こす関谷稔之。
壁の汚れが白く洗い流され、洗剤のライムの香りが立ち込める。その清潔な香りに触れた瞬間、稔之の胸の奥に、かつての孤独な夜をかき消すような静かな安堵が広がった。彼にとって、この『整えられた日常』こそが、自分を救ってくれた水瀬家への、不器用な、けれど精一杯の報い(恩義)だった。
「終わったぜ、悠平。お前も一人暮らしなんだから、気を付けるようにな」
Act.3:禁断のピックル
稔之は風呂場を出ると、玄関口に近い台所へと向かった。
「ありがとうございます、関谷さん」
稔之のことを誤解していたかもしれない——神妙な気持ちになりながら礼を言う悠平を尻目に、稔之は冷蔵庫の扉をすかさず開けた。
「それにしても喉が渇いたな。何かもらうぜ」
冷蔵庫を見回した直後、稔之の動きがぴたりと固まった。
「あっ!!」
冷蔵庫の中に視線を向けた悠平は、その理由を一瞬で理解し、絶句した。
そこには、前回のパトロール時に綾香が飲み残していった、ピックルのペットボトルが入っていたからだ。
ボトルには、綾香の丸っこい文字で訪問時の日時が書かれていた。
悠平が何か言うより先に、稔之はボトルを手に取ると、一切のためらいなく口をつけて一気に飲み干した。
(ひ、ひえーっ!!!! 水瀬さんの飲み差しを直飲みしたぁーーーーーーっ!!!)
予想外の、そしてあまりに直情的な稔之の行動。悠平は戦慄し、その場に硬直した。
稔之は空になったボトルを置くと、凄みを効かせながら振り返った。
「悠平……。綾香に少しでもおかしな真似をするとどうなるか、分かっているんだろうな?」
鋭い殺気に、悠平はただ身震いするしかなかった。
(やっぱりこの人、ちょっとおかしいーーーーーっ! 大丈夫です。関谷さんから水瀬さんを奪おうとする男なんて、この世には存在しませんから!!!)
Act.4:緊急対策会議と「神域」の一本
翌日の昼休み。
朝一番で悠平から『水瀬さんの持ってくるお菓子は、関谷さんも咀嚼している可能性有』との報を受けた写真部部長・西谷は、綾香を除く部員を緊急招集した。
放課後。綾香が元気よく部室に入ってくるなり、西谷は内心の動揺を一切見せず、いつもの穏やかな表情のまま告げた。
「水瀬さん。今度から部活にお菓子を持ってくる時は、必ず個包装の物にするようにしてね」

穏やかに忠告する西谷武久。
「え? いきなり? どうして?」
不思議そうに首を傾げる綾香に、西谷の脇に控えていた悠平と堀田が、声を揃えて発した。
「感染予防対策です」
「僕の家の冷蔵庫のピックルも、念のため処分しました。これからは飲み切れるサイズの物でお願いします、どうか!」
「むー。わかった。了解!」
大して疑問を持たない綾香の返事に、三人は一斉に安堵の溜息を漏らした。
——さらにその翌日。立華大学付属高校の武道場では、西谷が所属する『特別進学科』の柔道の授業が行われていた。
対戦相手である教師の身体がふわりと浮き、畳に吸い込まれるように弧を描いた。
乾いた音が一つ、静寂を切り裂く。
「一本! それまで!」
勝負が決まった号令と共に、試合を見守っていた生徒たちから歓声が上がった。
「彩賀、凄い!! 先生相手に一本決めたぞ!」
彩賀と呼ばれた少年——亮哉は、乱れひとつない呼吸のまま、静かに礼をした。最初から結末が決まっていたかのような、あまりに鮮やかで合理的な一本だった。

勝利し、静かに一例する
彩賀亮哉。
その一部始終を観測していた西谷は、思わず呟いた。
「……柔道はやった事ないって言っていたけど。受け身も鮮やかだし、彩賀、君はいったい……?」
親友に対する疑問は、深まる一方であった。
(SideStory⑨終わり)
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