北極海で起きた神と神々の戦い
グレンセ・ヤコブセルフという土地の名前を聞いたことがあるだろうか?
辺境も辺境、超絶マイナーな土地なので、ご存じの方は少ないはずだ。
ここです。⇩

ノルウェーとロシアの国境付近、ぎりぎりノルウェー側にある土地だ。
1868年の6月、ここで謎めいた事件が起こる。
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11世紀初頭のこと、キリスト教者であるトリグヴェソン王は異教徒を征伐した。そして、古代の神々を封印するために、グレンセ・ヤコブセルフの岸壁上に十字架が建てられることになる。
その十字架は、長いことノルウェー北部沿岸の漁師たちの信仰のよりどころとなっていた。
ところが、19世紀の初頭、十字架が忽然と姿を消す。原因は不明。
漁師たちは動揺した。
「古代の神々の怒りではないのか?」

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同じころ、グレンセ・ヤコブセルフの西50kmにあるネイデンという小さな漁村でも、妙な事件が起きる。
1811年、川の滝つぼで釣りをしていた教会守のニコラス・イワノフが、滝つぼのうしろの洞窟で、真っ赤な目をした緑色の肌の子供たちと遭遇する。
驚いたイワノフは、二人いた子供のうちの片方の頭を石で殴りつけて殺してしまう。
イワノフは自分が殴った子供をつれ帰って介抱したようだが、2日後には亡くなってしまったという。彼は子供を教会わきの共同墓地に葬った。
それから2か月後、イワノフのもとをサンクトペテルブルクのロシア正教の大主教の使者が訪れる。
使者は緑の子供が亡くなったことを知ると、「ここで尊きお方が亡くなられたことが明らかになった」と言い、それから毎年、夏至の日になると大主教がここネイデンの正教会を訪れ、「死にゆく神の儀式」と「復活の儀式」を執り行うようになったのだった。
正教会はキリスト教会のはずであるが、それがなぜ古代異教の儀式を執り行うことになったのだろうか?
謎である。

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つぎの妙な出来事は1829年のこと。
スウェーデンの漁師であるヤンセン親子が、北極の海から地下世界を訪れ、帰りは地下から南極に出てしまうという冒険小説のような事件が発生する。
父親の方は南極の荒れる海で命を落とし、息子のオラフ・ヤンセンは氷山に乗って漂流しているところを救助された。
事件の詳細は『THE SMOKY GOD or A Voyage to the Inner World』として出版されている。邦訳はこちら⇩
地下には巨人たちが住んでおり、彼らは親切で、帰りにはお土産も持たせてくれたという。
このような体験をしたのはヤンセン親子だけではない。同時期に似たような事件が3件も発生していたという。
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さて、十字架が消え、異人類が現れ、地下世界の巨人たちの話が広く知られるようになると、ここ北の果ての地では異教復活の気運が高まった。
そして、1868年1月、冬の夜空に花が散るように光が舞い踊った。
人々はおののいた。「まもなく蒼天が落ちてくる!」
各地のシャーマンたちは口をそろえて「神々の黄昏」に関する預言を発した。
タラの大群が海岸に押し寄せ、地面に這い上がって大量死する。
空から魚が降り注ぐ。
湖が一夜にして干上がる。
海面から火の玉が飛び出し、上空で炸裂する。
これらの怪奇現象が立てつづけに起きた。
さらに、シャーマンが具体的な予言を発する。
「聖地グレンセ・ヤコブセルフに巨神は降臨する。愚かなる民よ、神々の黄昏は近い。巨神に帰依し、これを崇拝せよ」
この予言により、多くの人々がグレンセ・ヤコブセルフに殺到した。
騒動を重くみた教会は、事態を収拾すべく、ストックホルムから特命主教を派遣することを決定する。
特命を拝受したのは、辺境教区担当のカイ・エングストローム主教。
彼の使命は異教を廃することと、十字架の再建であった。
そして、ついに1868年の6月、エングストローム主教と巨大な十字架を担いだ屈強な8人の兵士が、グレンセ・ヤコブセルフの岸壁に立った。
彼らはまず、十字架を建てるための穴を岩盤に穿ちはじめた。
穴がほぼ完成したころ、海に異変が起こり、主教たちの作業を遠巻きに見守っていた群衆からどよめきが上がる。
岸壁の下の海面に、数十個の銀色の球が浮かんでいた。
球の直径はおよそ5メートル。
球はつぎからつぎへと海底から浮き上がり、あれよあれよという間に百個を超えた。
突然、あたりは目もくらむような白い光で満たされ、耳をつんざくキーンという金属音が響き渡った。人々は目をつぶり、耳をふさいでうずくまった。
そして、その場にいた全員の頭にしわがれた声が鳴り響く。
「眠れる英雄よ、眠れる神々よ、目覚めよ、目覚めて白き神を倒せ」
すると、うずくまっていた民衆が立ち上がり、夢遊病者のように十字架のほうへ歩きはじめた。民衆を押しとどめていた兵士たちは倒れたまま身動きが取れない。
幾十もの手が十字架にかかった───。
その時、エングストローム主教は操り人形のように立ち上がった。
「主の万軍よ、十字架の民よ、キリストの徒よ、わが十字架の下に集え」
人々の手が止まった。
エングストローム主教は人々から十字架を奪い取ると、巨大な十字架をひとりで背負って歩きはじめた。
ふたたび、しわがれ声が人々の頭に響いた。
「眠れる英雄よ、眠れる神々よ、目覚めよ、目覚めて白き神を倒せ」
人々は天を仰いで叫んだ。
「トールよ、目覚めよ。目覚めて白き神を倒せ」
すると、稲妻が十字架めがけて襲いかかった。
しかし、雷鳴がとどろくや、地に倒れていた兵士たちがサーベルを天に向けて立ち上がり、立ち上がると同時に黒焦げになって地に転がった。
エングストローム主教は穴にたどり着き、十字架の根元を穴にあてがった。
「眠れる英雄よ、眠れる神々よ、目覚めよ、目覚めて白き神を倒せ」
またしても、しわがれ声が響き渡る。
「ヨルムンガンドよ、目覚めよ、目覚めて白き神を倒せ」
人々が叫ぶと、穿たれた穴から大蛇が現れ、エングストローム主教の身体を巻き込んで、スルリと穴の中に姿を消した。
民衆は歓声を上げる。
生き残っていた4人の兵士たちが主教が取り落とした十字架を支え、その根元を岩盤の穴へと差し込んだ。
*****
静寂。
人々が顔を上げると、岸壁には十字架が建っている。
海面には何もない。

これが事件の顛末である。
十字架が建てられてからは海難事故が減り、ヤンセン親子のような体験を語る人物もいなくなったという。
エングストローム主教が消えた日の出来事は、同行していた牧師の日記に記されている。
公式の記録でも、エングストローム主教は作業中に転落して行方不明、北方駐屯兵のうち38名は作業中に落雷のため死亡したと記載されているという。
……ナ、ナニコレ?
以上、北周一郎著『極北に封印された「地底神」の謎』に書かれていた内容を短くまとめてみたが、どうだろう?この、そこらへんのファンタジー映画よりもファンタジーな展開。
エングストローム主教が十字架の下でつぶれていないか心配になったが、十字架を穴にはめたときに重い鉄の扉が閉まったような音がしたというのだから大丈夫なのだろう。
いや、大丈夫じゃない。主教は行方不明のままである。
さてはて、当時のグレンセ・ヤコブセルフでは何が起きていたのか?
キリストvs古代の神々という図式なので、聖書的に考えれば神vs悪魔である。
ダニエル書には「ペルシャの君」という呼び名でペルシャの国担当の霊的生命体が登場する。彼は悪魔側の勢力に属していた。
グレンセ・ヤコブセルフはキリスト教が到来する前は異教の神々の土地であり、担当の君がいたはずである。それが、キリスト教が到来し、神側の勢力につく者の多い土地になり、担当の君が追いやられていたのかもしれない。それを盛り返そうと、援軍を引きつれ復帰を果たそうとしたのではないだろうか。
彼らはまず、謎の事件を起こし、シャーマンを利用して人心を掌握した。
古の神々は復帰するにあたり、まず後援者を集めた。後援者の民衆に迎えられて君臨するつもりであったのだろう。
意外にも悪魔くんたちは人間の支配権を得るためには本人たちの認可を必要としているのだ。今の政治家もそうだが、都合のいいところだけを切り取って自己の宣伝をして、人心を掌握して、選んでもらう。そして権力を発動するわけだが、その責任は選んだ人民に帰される。
選挙は魔術としくみが近い。
そして、魔術は神の技の劣化コピーであることが多い。
はじめ、人類の祖アダムは神様の言いつけ───知恵の木の実を食べるなということだけ───に従い、神様の統治を受け入れていた。その後、サタン閣下が現れてエバに木の実を食べるようそそのかし、彼女は従った。アダムもエバがもたらしたサタン閣下の言葉に従い、木の実を食べた。これで、アダムとエバはサタン閣下の統治を認め、受け入れることになった。
悪魔くんたちというのは意外にも強権でもって人を征服するのではなく、本人の許諾がないと支配権を得られないようなのだ。
悪魔憑きというのは実際にあるのだが、これも本人が悪魔たちの支配下にないと起こらないことである。隣の国の軍隊が勝手に侵入して民衆を支配しようとすれば、その国の軍隊が出動して戦争になる。これと同じで、悪魔くんは支配下にない人に嫌がらせはできても、支配する権利も力もないようなのだ。
支配を受け入れるというのは、その人の言葉を受け入れることである。
その人が勧めるものごとに賛成することである。
その人によって与えられるものを進んで受け取ることである。
われわれ金も権力もそんなにない一般市民は、支配者としてだれを選ぶかということに、もっと気を使うべきなのかもしれない。
支配者は人間だけではない。

おネコ様!?
……ちがう。
グレンセ・ヤコブセルフでは、帰還した巨神たちに対して神側の勢力の邪魔が入った。
人間たちもテレパシーのような声を聞いたり黒焦げになったりと忙しかったが、人間の目には見えなくとも神サイドにつく霊的生命体たちが悪魔たちと戦っていたはずである。エングストローム主教を操って立ち上がらせたのはそのうちのひとりだろう。
人の目から見ると十字架が建てられたことで決着がついたように思えるが、おそらくは、決着がついたから十字架を建てることができたのだろう。
その後、天使たちの追撃を受けて彼らは地下世界に帰って行った。地底につづく穴も塞がれてしまったのだろうか。
事件後は怪奇現象がやんで平和になった。だからめでたしめでたし、なのだろうが……。
銀色の球の中身が知りたかった!
海面に浮かんだ銀色の球から何が出てくるのか見たかった!
直径5メートルというのは非常に大きいポッドだ。もし、それに地底の巨人が乗っていたとするのなら……。
ヤンセン親子を親切にもてなした巨人たちは、はたして羊の皮をかぶった邪神であったのか、それとも、ただ平和に生きているだけの巨人であったのだろうか。
今となっては謎である。

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