船出
旅の港の入り口で少女たちに見送られたにも関わらず、その後の人生で私は多くの失敗を犯した。特に女性との関係は誤った自己理解と相手を思いやる能力の欠如のために後悔と失望と恥の連続だった。
子供の頃から異性には好かれた。母の家系が女性が多く小さな頃から女性に可愛がられたというのが影響してるに違いないと思う。女性が自分によくしてくれるのは普通の事で当たり前だと勘違いしていた節がある。
自分が愛そうという覚悟がなければ到底愛など得られない。さらにどう愛するかを学ばなければその窓口へも辿り着けない。偉そうな物言いだけど、エーリヒフロムの著書「愛すると言うこと」は目をひらかされた。
この理解に辿り着くのに私は社会に出てから30年以上費やしてしまった。
大学を卒業してから社会に飛び込むときに普通一般、社会勉強、スキル学習とかあるはずなのにわたしは実践あるのみと思った。
そして何を考えたか女性経験を積むのが重要だなどと思い込んだ。父母は昔の世代の人だったから性のことを公言することはほとんどなかった。ただ昔の人たちにもそういうことを紐解こうとする意思がなかったわけでは無いのは子供心にわかった。
母は読者家でうちにはたくさん本があった。小学生の頃か忘れたが、てっきりその本は父の蔵書かと思っていたら、母が「あの人が本なんか読むわけないじゃない、私のよ」と言っていた記憶があり、初めてあの書棚の本は母が読んでいたとわかった。
棚の片隅にあったボーヴォワールの「第二の性」が重要なフェミニズムの古典的名著だとも知らず、女性の肉体的な表現の箇所を興奮して読み入っていたりしたことを思い出す。
母には多分当時の家父長制にも反発してするフェミニズムを信奉するような考え方があって一方の父は典型的な男性社会の象徴を実践していた。
小学生の頃の友人の母が、後年小さな店を開き、テレビ取材で放映を見た母が「あの人ならやると思った」と感慨深げに話した言葉は記憶に鮮明に残っている。
わたしはそういう父母に育てられたので実地訓練を積みたいという願望を親が教えてくれるわけでもなく相反した青春を過ごした。女の子に言い寄られるとすぐ逃げ出し自分からすこしアピールしてみようと思うと技術の無さに赤っ恥をかくことの繰り返しだった。
好きな人ができなかったわけではないが、そういう失敗体験で身動きできなくなっていたから、これは実地訓練の無さすぎだと思い込んだ。
卒業間際に出会ったダイバーのYさんはその道でも熟達者な気がして、人に聞きづらいことも時々聞いたりした。つまり性体験を積むにはどうしたらいいかと。
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