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アルフレッド・ジャリの戯曲『丘の上のユビュ』の読書記録

二幕とプロローグ

プロローグ
ギニョールと支配人の会話。木の頭の人間を継ぐもの。2回読んだが、さっぱりわからない。これぞジャリ。

第一幕
王位を簒奪後、司法官僚、財務官僚、他国の大臣等手当たり次第に死刑を言い渡すユビュ親父。

第二幕
丘の上でロシア軍と戦い、敗走するユビュ親父。洞窟内でユビュおっ母と再会するがブーグルラス率いる警察に捕まり、船でフランスに護送されるユビュ親父。

この話はこれで終わり。『ユビュ王』をなぞりつつ、ストーリーやキャラクターを明快かつコンパクトにして、シュールさを取り除いている。コクがない。最初は「なんだこれは?」と思ったが、どうやらジャリが自らへのカルト的崇拝を破壊しようと言う意図があったらしい。これはThe Whoの『Won’t Get Fooled Again』のシングルバージョン的なものかとも思ったが、それよりも芸術の相対化を目指して工房を「ファクトリー」と名付けたアンディ・ウォーホルに近く、さらに言えばパンクとしての権威化を自ら防いで、その結果1stアルバムで自爆したSex Pistolsに近いと感じた。映画『The Great Rock 'n' Roll Swindle』の「誰でもピストルズになれる・ガキのオーディション」 がこの作品にジャストフィットする。
19世紀後半にすでにこんな筒井康隆的なメタ構造をやっているジャリはすごい。

ちなみに、最後に収録されていたジャリによる『劇場演劇無用論』は高尚すぎて全く理解できなかった。

また、作品の解説をこの本の翻訳者で劇作家の竹内健氏が書いているが、その中でジャリの『超男性』に触れられている。性交機械との性交を竹内氏は「自転車レース優勝の賞品」と記しているが、実際にはマルクイユにとって残酷な実験であった。なぜこのような記載になったのか、ちょっとわからないが、ジャリの翻訳者が書いているのだから、こちらの方が正しい取り方なのか。しかし澁澤龍彦の訳した『超男性』を素直に読めば、優勝賞品には思えない。こういう混乱も含めて、ジャリらしい。さすがシュルレアリスムの元祖。読み方はそれぞれ。正解なし。気持ち良い。

解説を読んでわかったが、ギニョールとは人形劇のことだった。すると、プロローグで出てきた「木の頭を継ぐもの」とは木製の人形ということなのだろうか。もう、考えすぎず、あるがままに受け止めよう。それが芸術への敬意を持った正しい姿勢。しかし、「正しい」というのも硬直的でダメな捉え方だが。





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