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いくつもの愛のかたちをなぞりながら ーー花譜 5th Album『深愛』全曲レビュー 


『深愛』は、カスウミガメのスープにハマっている系バーチャルシンガー・花譜が2026年5月に発表した、彼女の5枚目のアルバムである。

このアルバムは中村紬の小説『カミュの歌鳥 花譜小説集』を基にしたアルバムとなっているが、このnoteではまずはアルバム単体を聴いた時の感想を言葉にする


01:愛を探しに(Instrumental)

作曲・編曲:Neuron(Empty old City)

『深愛』というタイトルでどんな曲で始まるのだろうとおそるおそる
曲を聞き始めた我々に待ち受けているのは、ころころとしたピアノの音である。しかも、このピアノは意図的なのか、ベロシティが切ってある(音の反響が少なめ)に聞こえる。
そこから流れてくるのは、液体的なドラムの音と、まるで聞いている人を歓迎するようなストリングスの音たちである。

機械的にも聞こえるピアノの音は、いつの間にか電子的な音に入れ替わり、
まるで心電図が心臓の音を刻むようにデジタルな命の音を響かせている。

02:エコーノイズ

作詞・作曲・編曲:Aqu3ra

やさしいピアノのリフレインから入ったこの曲は、一人の女の子の
毎日への静かな独白から始まる。エコーノイズとは、マイクから拾った音が反響して生まれる「雑音」のことである。
この曲を歌う女の子は、みんなが主人公のはずのこの世界が、いつのまにか毎日の繰り返しの中で「自分が主人公」であることを忘れたことに気づいてしまったようだ。

この曲は、意図的とは思われるがピアノやギターは繰り返しのフレーズをなるべく弾くように編曲されている。その上で「時間の狭間を~」あたりからはエコーノイズのタイトル通り、突然歌い手の声がガビガビになるシーンがある。
さらに最後の転調ではメロディーも少し上がっていき、どんどん先に進む。
特に曲の最後、「な""ぁああああ」と女の子はがなりを入れてくる。

まるで徐々に自我をもった女の子が、少しずつ物の愛し方を
思い出すためにもがいて動き出したかのような一曲。

03:明滅

作詞・作曲:Kanata Okajima, Hayato Yamamoto
編曲:Hayato Yamamoto

ゼンレスゾーンゼロ『トリガー』のテーマ曲であるこの曲は、うねるような低音のギターから入っていく。そして唸るように入ってきた女の子の声は、どうやら誰か、出会うことがもうできなくなった人を想った気持ちを胸に抱えているようだ。
その叫びは、サビの「ねえ」から徐々に爆発していき、最後には「自分勝手な愛」を振りかざし傷つけあう僕らへの怒りへと昇華されていく。

この曲で言われている「明滅」は、おそらく「本当はあるはず」なのに
「ないもの」、つまりは幻のようなもののことであると思われる。
ゴリゴリにコンプをかけられたエレキギターが疾走する中で、この曲を歌う主人公は、どうも「あったはず」のものを思い出してしまっているらしい。
今はないはずのものを、思わず幻視してしまうことをこの曲は「愛しくて愚か」と呼んでいる。


04:乳白の宇宙

作詞・作曲・編曲:Neuron(Empty old City)

1曲目のインストゥルメントで使われていた、ポツポツとした音を刻む無機質な音から始まるこの曲は、本来ならEDMなどで使われそうなブンブンいうエレクトロベースの音をあえてバラード調の曲に使っている。
一歩間違えると、このベースの太さだと暗かったり重かったりなりかねないと思うのだが、歌い手の言葉を遮らずに支える形で創ることができているのは作り手の技である。
そして「安らぎ~」の後からは打って変わってストリングスが入ってきて、一気に歌い手の安心した心持ちが表現されていく。おそらく緊張⇒弛緩の流れが意識されているのだろう。2番に入っていくと、エレクトロベースの音は、むしろ奥行きを表すような印象を与え始める。
女の子が口ずさむ「ラララ~」の声は、さながら子守歌のような印象を与えてくる。
子どもの時にみた小さな夢みたいな一曲。

05:愛想

作詞:Kanata Okajima
作曲:Kanata Okajima, 生命樹_小王子
編曲:生命樹_小王子

冒頭から、妙な感じにカットされたギターフレーズから入るこの曲は、純粋な気持ちを持った女の子が、大切な気持ちを大切にし過ぎたがためにどのよう方向に行っていいのかわからなくなった気持ちを綴っている。
2~4曲目まではかなり生々しい本音や、あたたかい安らぎを歌ってきた一方で、この曲はタイトル通り「人に好感を持ってもらうためのふるまい」、つまりいい子でいるために人を作ってしまうことを歌っている。

サビ前までの音はギターにしろ歌のメロディーにしてもぶつ切りに聞こえるのだが、サビに入ると音をカットするような場面がなくなるため、一気にフロウ感が出てきている。すると「純な感情からまって~」からの部分は、結構心のなかに隠していた本音だったりするのだろうか。

Cメロに入るところでは、少しスローダウンすることで、歌い手の気持ちが深く沈んていくような印象を与える。どうやら女の子は自分が殻に閉じこもっているのに気づいているようだ。

結局この曲の中では、絡まった心はほどけないままなのだが――続きは次の曲で描かれていく。


06:学園戦線

作詞・作曲:Kanata Okajima, Hayato Yamamoto
編曲:Hayato Yamamoto

まさかの初手ため息から入るこの曲は、かなり珍妙な印象を与えるギターコードから入っていく。『愛想』では、こんがらがってしまった自分に対して苦しみ沈んでいくような印象を与えていたが、続くこの曲は謎ペンギンダンスと共に、反抗期に突入していく。
どうも女の子は「分かってもらえない」なら「(これが私だと)見せつけちゃえ」という結論に至ったらしい。こんがらがるのはいいのだが、犬くんが出てくるあたりだけMVの画質が下がっているのはYouTubeくんを超えるエネルギーを発散しているからかもしれない。

07:そばにいていいよ

作詞:Kanata Okajima
作曲:Kanata Okajima, 生命樹_小王子
編曲:生命樹_小王子

前曲から想像がつかないほど静かなピアノで始まったこの曲は、しかし背景に電気や液体や何かがカサカサ言うような音が飛び回っている。
文字数を削ぎ落された言葉と並走するように、静かなピアノのフォーコードで始まったこの曲は、「いつかは終わってしまう」だけの存在への哀しい叫びの色が歌に交ざり始めた途端、一気にストリングスの音と共に推進力を増していく。
おそらく2分過ぎあたりから盛り上がっていくその曲調は、歌い手の心の高まりを表しているのだろう。だとすると、「いつかはとまるのでしょう」の一言で一気に終わるこの曲は、愛にはいつかは終わりがあることを言葉だけではなくて、音で伝えている。


08:君は水、私は魚

作詞・作曲・編曲:傘村トータ(LIVE LAB.)

水と言えば魚
マントと言えば旅人

まるで言葉遊びをするこどもたちのように、ものづくしを繰り返す友だちのように、つぎつぎとかかわりのある言葉を並べていく。

あるときは、描かれる絵のように
あるときは、風が吹けば揺らぐうみのさざ波のように

関係がないはずのふたつのコトバを並べると、ふしぎなことに小さな物語
が始まってしまう。

楽曲としては、ピアノひとつで創られたこの曲は、その分歌い手が静かに
紡ぎだす言葉を聴く余白が与えられている。
この曲で「私」に宛てられている言葉(魚、三日月、たんぽぽ)という言葉は、実は「君」がいないと生きられない(水、夜空、太陽)ものばかり並んでいることに気づく。

しかし、不思議なことに「私」は「君」と混ざり合えないことが、例えば絵具を混ぜると真っ黒になってしまうように、何故かずっと語られている。
そして、前の曲を含めて考えると、実は混ざり合うことはなく私達の関係は終わっているようにも聞こえる。

しかし、前の曲『そばにいていいよ』と合わせて考えると、この曲もまた、
いつか触れて交わったものは終わってしまうと言う意味での「別れの歌」である。


09:私の在処

作詞:AMAMOGU
作曲:Mr. Adventure / MILKEY
編曲:松田純一

「最近はうまくやれていると思う」と、まるで私がないようなことを言う独白から始まるこの曲は、どんどん、日常のなかで意味を奪われてしまった主人公の独白を聞いているような気持ちになっていく。
歌い手の女の子は、悲劇であろうとなんであろうと、色のなくなった心のなくなった物語を望んでしまう。心が要らないというのなら、もう何もいらないと自暴自棄になったこの歌の主人公は、ついに窓の向こうで笑顔をつくった自分に全てを分け与えてしまう。

日常に生きる私たちは、「私じゃない私」をいつの間にか演じて、数字で測られてしまう。「でも」感情なんて不要なものは捨てて、笑って生きることができれば、物語はパッと終わらせることができる。

でもはたして、そんな存在を「人間」というんだろうか。


10:コネクト

作詞・作曲・編曲:Neuron(Empty old City)

全曲とまるっと空気感の変わったこの曲は、ぽぽぽぽぽ・・・と静かに耳をなぜる音と共に、まるでガラスがちゃらちゃらしているかのような音が鳴り響く。
この曲は、前の曲が「私らしい私」にこだわっていたのに対し、「贈り物」という形で、誰かから届いた言葉を一個一個ひも解いていく。

この曲は言葉と音の遊びで満ち満ちている。「音となる韻」と書いてある通り、ずっと「る」「う」行で韻を踏み続けたこの曲は、その楽し気なリズムと共に、不思議なつながりをもたらしてくる。
意味があるようなないような、そんな不思議な言葉を聞いているうちに、聴き手はいつのまにか形のないような言葉にたどり着く。

さらに「鮮明に再生できる・・・」と言った後に、逆再生されていく音は、
まるでこれまでの記憶をたどりなおすようである。降りていく記憶の中で声の底へたどり着いた私たちは、声にならないはずの愛の歌を聴くことになる。


11:周波数0の合言葉

作詞:AMAMOGU
作曲:Mr. Adventure / MILKEY
編曲:松田純一

アルバム『深愛』の中で先行発表されたこの曲は、これまでの花譜の曲の中でも異彩を放つほど直球である。しかし、この曲はほんとうは「周波数0」なのだから聞こえてないのかもしれない。

『周波数0の合言葉』のジャケットは、小説を知っている人だとあの二人のこどもたちがお互いに喋り合っているようすに見えるかもしれない。
下手するとフォークギター一本で弾き語りできてしまうかもしれないほどごりっとしたコード弾きを真ん中に携えたこの曲は、『誰にでも愛される』ためにいつも笑っていた子が、一歩一歩、自分の嘘をほどいていくところか始まる。
そのきっかけをくれたのは、どうやら「ありのままの姿」を見せてくれる君の存在だったらしい。そうしてほどけていく言葉の中で、歌い手の女の子は「じぶんらしく」という言葉自体がうそなんだと気づく。

だとすれば、今、彼女の心に灯った恐怖や痛みにはどんな名前がつくのだろう?
「ずっとずっとそばにいてほしかった」本当の、君に言えるはずのなかったはずの「この歌」が聞こえてくるのは、ちょっと不思議なことである。

そして、いつもの「わたしがどう生きればいいか(Which way I truly live)」を知っているのは、君だった。
この曲は、かすれて聞こえないはずの、いつも嘘ばっかり言っていたはずの憎たらしいこの声を、大好きだと言ってくれた誰かのおかげで、初めて大切な声に気づいた曲である。

12:エラーソング

作詞・作曲・編曲:TAKU INOUE

11曲目と打って変わって、いきなり無機質でシャープなギターと声から始まるこの曲は、次々とボーカルにエフェクトをかけながら、進んでいく一曲。
おそらくASIAN KUNG-FU GENERATIONの『ムスタング』のイントロと同じような機材を使っているピコピコ音で紡がれるこの曲は、何回も何回も「あなたに会いたい」と感じる、その理由を「どうして」と探し求め続けている。
壊れたロボットのように無機質な歌い方をする女の子は、理由もわからないまま歌を歌い続けている。言葉にもならない言葉は、メロディーと音楽としてまるで星のように降り注ぐ。


13:ありふれてたい

作詞:AMAMOGU
作曲:Mr. Adventure / MILKEY
編曲:松田純一

『Run of the Mill』はGeorge Harrisonの曲にもなっている、「平凡な」という意味の言葉である。そしてこの曲で歌われているのは、「あなた」という存在が現れたことによってはじめて、目の前の人がいないから「寂しい」と言う気持ちを知ることができたこと、そして、あなたと一緒にいるから「嬉しい」ことを静かにいとおしむ気持ちである。

当たり前に続く日々は「ふつう」ではない。
だからこの曲の歌い手は、それが「ありふれてあって」欲しいと願う。

この曲のサビ、一番盛り上がるところで歌われることばは「あなた」である。言葉にしなくても、「あなた」のことのことをずっといちばん気持ちを込めて歌っている一曲。

14:オーギュメント

作詞・作曲・編曲:矢野達也

この曲を聞いた時に、ふと花譜の始まりの曲のイントロが思い出された。
そう、『糸』である。

この曲のイントロは、ピアノで曲を始める癖がある、まるでカンザキイオリが全てを始めたこの曲に、新しい物語を加えるように、歌い始められる。

そしてこの曲は、最初は「願いは届けられる?」という疑問符で始まった歌が、何回も何回も繰り返す中で、「叶えられる」「届けられる」と一つ一つ
無我夢中の歩みを進める中で言葉が巡り巡って変わっていく。
何回も語りかけられる願いの間では、明らかに車が何かに衝突したような、
別の次元の哀しい事件の音がそれとなく混ぜられている。

何か、これまでの創造主(デザイナー)の価値からも離れて、
新しい場所へと旅立つ、そんな希望を歌った一曲。



15:私の名前は(Instrumental)

作曲・編曲:Neuron(Empty old City)

Neuron氏が作曲した曲の中で流れていた、水のような音から始まる終わりの曲は、新しい花が今開こうとしている様子を描き始めている。

このアルバムで描かれた女の子や、音像はその一曲一曲にあまりに違う焦燥や焦り、喜びと温かさを携えさえていた。しかし、その色と輝きは、また、愛という一つの世界に捧げられていたものである。