伊勢湾台風65年、アニメ「伊勢湾台風物語」について しぜんのかがくep.58(9/27)
9月26日は、日本では記録上最大の被害があった伊勢湾台風が襲来した日でした。昨日でちょうど65年前(1959年発災)でした。
伊勢湾台風がどんな台風だったか?何故被害が大きくなったか?そのリアリティーを追求した伊勢湾台風物語のアニメの話も合わせてお話します。
1959年昭和34年襲来 伊勢湾台風
・伊勢湾台風はいつ来たのでしょうか?
9月22日に熱帯低気圧が台風15号となり、23日15時には中心気圧が894hPaまで強まり、最大風速は秒速75m(時速270km)の超大型台風となりました。和歌山県潮岬に上陸。昭和34年(1959年)9月26日(土曜日)の夜に襲来。次の日に運動会が予定されていた学校もありました。
・どのような規模だったのでしょうか?
日本列島上陸時の中心気圧も我が国観測史上3番目 (929.6hPa)となり、昭和の三大台風(犠牲者数が3,000名以上の台風)の一つとなっています。
今年8月末の台風10号も上陸3日前までは、上陸時の気圧は925hPa予想でしたね。
1930(昭和5)年の室戸台風(上陸時最低気圧911.8hPa)は1位、1945(昭和20)年の枕崎台風(916.6hPa)は2位とともにに数えられ、超大型で非常に強い勢力を有していました。
・どんな被害があったのでしょうか?
死者行方不明者は5098名。名古屋市だけでも1851名が亡くなりました。
主に、高潮で亡くなった人が多かったです。高潮で大量の貯木が市街地に流入しました。特に被害が大きかったのは名古屋市では南区柴田・白水地区の8号地貯木場周辺です。8号地はかなりの量のラワン材が保管されていました。名古屋市では南区と港区の被害がほとんどでした。
・どうしてそんな大きな被害になったのでしょうか?
名古屋港平均海面より、5.31メートル(海抜3.89m)の高い高潮が発生したからですね。

今でも気象庁では、「特別警報※」の発令については、伊勢湾台風が基準です。伊勢湾台風の観測史上最高の潮位であった高潮、また伊勢湾台風級の台風が来襲する場合となります。
※特別警報とは…数十年に一度、災害警報の発表基準をはるかに超える暴風、高潮、波浪など重大な災害の起こるおそれが著しく高まっている場合に発表されます。

また、今の防災計画や災害時の支援などの基準となっている災害対策基本法(1961年)は、この伊勢湾台風を教訓として成立したものです。
アニメ「伊勢湾台風物語」について
発災後30年として1989年に公開になった「伊勢湾台風物語」を知っていますか?私は子どものころ見て衝撃をうけました。
伊勢湾台風物語 1989年7月22日公開(85分)
原作・監督・脚本 神山征二郎
ストーリー:接近する台風で明日の運動会が中止になった名古屋の小学校。がっかりした小学6年生のひかりは愛犬ブチと散歩に出るが、灰色の空からとうとう雨が降り出し帰宅する。
台風は上陸後も勢力は衰えず、町は停電。台風情報も途絶え電話も通じなくなる。午前9時35分、満潮を迎えた伊勢湾の海面は異常に盛り上がり、家々は高潮に飲み込まれていき…。
作品解説:昭和34年9月26日、日本全土を襲った台風15号。
このアニメーションは伊勢湾台風で犠牲になられた5千余名の方々への鎮魂歌として制作、再びあの惨劇を繰り返さないために日頃から防災への備えを喚起する一助になればと伊勢湾台風30年を機に関係者の大きな協力により公開されました。
映画化が困難な台風シーンを台風経験者である監督をはじめとしたスタッフがアニメーションによって臨場感あふれる映像で再現。
真に迫った当夜の様子が写し出されています。当時を経験した消防団関係者らによって、叩きつける雨・荒れ狂う波・地響きのような風など音響面もリアルさを追求しました。
この映画は伊勢湾台風襲来から30年で作成されました。監督の神山征二郎さんは「ハチ公物語(1987年)」「ひめゆりの塔(1995年)」「ふるさと(1983年岐阜県徳山ダムの話)」も監督されました。「伊勢湾台風物語」は、アニメーションとしては初めての監督作品だったとのこと。
制作者、企画者全員が伊勢湾台風経験者。被災者や救助者であった消防団の皆さん等の意見を聞いて、台風の音のリアリティーの追求をしています。「もっと地響きに似た音」「人が呼吸するような風の間を」など体験者ならではの声が集ま理、音の表現にこだわることで、実際に人が体験した台風の凄さがわかります。
小学校6年生の女の子「ひかり」さんのモデルのような子供がたくさんいます。この映画は主人公は2人。南区の白水小学校※という、一番被災者が多かった学校です。
(※白水小学校は、名古屋港8号地の貯木場から流出したラワン材の直撃を受け、本校と柴田分校(現在の名古屋市立柴田小学校)で合わせて142人の児童(全校生徒2340人のうち)が亡くなりました。)
声優も豪華です。皆愛知県出身者。
・小山茉美(ひかり)…「Dr.スランプ アラレちゃん』、『名探偵コナン』、『あんみつ姫」「ミンキーモモ」
・戸田恵子(としお)…「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎、アンパンマン、機関車トーマス
虫プロダクションが制作しています。
その名の通り、手塚治虫さんが設立したアニメーションプロダクションですね。1973年に倒産していますが、現在「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「あしたのジョー」などの作品を、旧虫プロダクションから受け継ぎ、1977年に再スタートしています。
【主題歌】『出逢えてよかった』
作詞:水上貴子 作曲:橋本昌司 歌:小山茉美
災害映画、アニメはいわゆるパニック映画と言われています。そしてそのストーリーや状況はアニメだからこそ伝えられることがあると思います。
災害映画は去年は新海誠さん監督で「すずめの戸締り」(主人公の鈴芽が東日本大震災を経験)が作られています。
伊勢湾台風から30年の節目で作られたアニメーションは何を伝えたかったのか?
映画のパンフレットにはこう書かれています。
「あの日失われた魂が今、私たちを守ってくれる時が流れても、忘れてはならない出来事がある」「今だからこそ、語り継ぎたい2度と繰り返さないために」「人が自然を壊そうとする時、自然は人にその力を示そうとする(人がつくりだす街の風景を一瞬にして壊す力を自然は持っている)」
災害は自然による突然多くの人の命が失われています。戦争も同じです。
パニック映画としてエンタメとなっていますが、
本当にあったことの事実を知り、個人ではどうにもコントロールできないけれども、決定的に個人の生活を変えてしまうのが自然災害。その時、人々はどのような感情を持ったのか?それを知ることで、日常のあたりまえの生活の大切さ、もし被災した場合の心の持ち方、前を向いて未来に向き合っていかざるを得ない人々の思いに触れ、自分自身ならどうするか?を考えるきっかけに、この映画はなると私は思います。
35年前に制作された映画。今は特別な上映会などでしか見ることができません。いつかDVD化を目指していきたいと私は考えています。
防災ひとこと
自然の美しさは 時に自然の醜さになり
自然の優しさは 時に自然の厳しさになる
自然に包まれた時 人はその雄大さを知る。
この映画は実際に大規模な災害を体験した人、声優も愛知県や名古屋市出身。そのとき何があったかを自身の体験、また身近な人から聞いている人が関わっています。体験した人の言葉だからこそ重みがあります。
自然の美しさと自然災害の恐ろしさ、その両面を知り、自然と共存していくという心構え(決心)を忘れずに。
⭐️Podcast本編はこちら↓宜しければお聴きください♪
神田沙織 がりれでぃ スピンオフ
ナチュラル・サイエンス・ラボ
しぜんのかがく
