“無理しないように”という言葉に少し違和感がある理由
「無理しないように」
優しい言葉のはずなのに、
少し苦しく感じることがある。
言葉にするのを、少し迷った。
きっと、
この言葉に救われたり、
守られてきた人もいると思う。
否定しているように聞こえたら嫌だなとも思った。
でも今日は、
あくまで僕自身の感覚として、書いてみたい。
生まれつき心臓にハンデがある僕は、
この言葉を、昔から何度も言われてきた。
実際、
身体のことを考えれば、
無理をしない方がいい時もある。
休んだ方がいい時もある。
動けない時もある。
どうしようもない時だってある。
でも、正直に言うと、
僕はこの言葉に、少しだけ引っかかることがあった。
家族や主治医、親しい人に言われる時は、
純粋な心配として受け取れる。
でも、それ以外の人から言われると、
「やらないでほしい」
「困らせないでほしい」
そんなふうに聞こえてしまうことがあった。
もちろん、
心配して言ってくれているだけなんだと思う。
でも実際に、少し似たような言われ方や、
空気を感じたこともあった。
それに、どこかでずっと、
「こんな体だから、
普通に生きているだけで誰かに迷惑をかけているかもしれない」
そんなふうに、思ってしまう自分もいた。
だから、
優しさを素直に受け取れなかったのかもしれない。
自分で自分がひねくれて嫌なやつだなと思ってしまう。
ただ、それだけではない気もしている。
できないこともあった。
自分なりに、折り合いをつけないといけない場面もあった。
どうしても無理なことは、受け入れる。
でも、最初から全部諦めたいわけじゃない。
本当は、無理なんてしたくなかった。
でも、少しくらい無理をしないと、
届かないものもあった。
健康な人みたいには難しくても、
少しでも近づきたかった。
「こんな体だけど、ここまでできるんだぞ。」
どこかで、そんな気持ちもあった。
心配されるだけの人生で終わりたくなかった。
もしかしたら、
そんな反発心みたいなものも、
少しあったのかもしれない。
「できるところまでは、やってみたい」
そんな感覚を自分の中で大切にしてきた。
だからなのかもしれない。
この言葉が少し違って響いてしまうことがあった。
だから僕はたぶん、
「無理しないように」よりも、
「今の自分にできそうなことが、少しでもあるなら、
それをやってみたらいい。」
そんな言葉の方が、しっくりくる。
だって、本当は、
前に進みたい。
苦しい状況から抜けたい。
今の自分を少し好きになりたい。
人生を少しでもよくしたい。
そんな気持ちが、僕の中にもあったから。
たぶん、人によって必要な言葉は違う。
今はただ休むことが必要な人もいる。
「無理しないように」に救われる人もいると思う。
だから、この言葉自体を否定したいわけじゃない。
ただ、僕には少しだけ、違って聞こえていた。
それだけなんだと思う。
できない日があってもいい。
立ち止まる日があってもいい。
でも僕は、
その中で、自分はどうしたいのか。
今の自分にできることはあるのか。
無理かもしれないと思う事でも、
少しでもできそうなら、やってみる。
そんな感覚で、生きていたいと思っている。
そしてもし、
同じように少し引っかかる人がいたら。
それも、別に悪いことじゃないのかもしれない。
言葉の受け取り方には、
その人なりの経験がある気がするから。
麗川アキ
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