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できるかどうかより、先に考えてほしいこと

何かを始めようとするとき、
気づくと頭の中で、同じ問いが浮かぶ。

「本当に自分に出来るだろうか?」
「続けられるのか?」
「失敗したらどうしよう?」

誰かに言われているわけじゃない。
たぶん、自分が自分に言っている。

正論だし、現実的だし、
間違っているとも思わない。

でも、その言葉を考え始めると、
なぜか体が止まる。
一歩目を出す前に、もう疲れてしまう感覚があった。


本当は、
その問いより先に、
考えてもいいことがある気がしていた。

「自分は、どうしたいんだろう」

できるか、できないか。
向いているか、向いていないか。
そうやって条件を並べていくうちに、
「やりたいかどうか」という感覚だけが、
いつも後回しになっていた。


生まれつき心臓にハンデがある僕は、
子どもの頃から、
「無理をしないほうがいい」という言葉を
何度も聞いてきた。

それは正しかったと思う。
守ってもらっていたとも思う。

でも同時に、
心のどこかで、こんな気持ちもあった。

「やるかどうかくらいは、自分で決めたい」
「無理かどうかを、人の判断だけで終わらせたくない」


できないかもしれない。
途中でやめるかもしれない。
体が先に限界を出すこともある。
それは、自分がいちばん分かっていた。

それでも、
やってみて引き返すことと、
最初から選ばせてもらえないことは、
自分の中では、まったく別だった。

世の中は、
「できる/できない」
で語られがちだけど、
実際は、その間に
たくさんの選択肢がある。

全力じゃなくてもいい。
途中で休んでもいい。
形を変えて関わってもいい。

やるかどうかも、
続けるかどうかも、
その都度、決め直してよかった。

「選ぶ」という行為は、
一度きりじゃなくていい。

振り返ると、
うまくいかなかった選択もある。
やらなければよかったと思ったこともある。

それでも、
「自分で選んだ」という感覚だけは、
ずっと消えなかった。

成功したかどうかよりも、
正解だったかどうかよりも、
その感覚のほうが、
長く自分を支えてくれた気がしている。

今でも、迷う。
怖さがなくなったわけじゃない。
不安も、ちゃんとある。

それでも最後に、
自分に問いかけるのは、
「できるかどうか」よりも、
「これは、自分がやりたいかどうか」。


もし今、
「できるかな」
「無理かもしれない」と
立ち止まっているなら。

いきなり答えを出さなくてもいい。
続けると決めなくてもいい。

ただ一度だけ、
「自分はどうしたいか」を、
自分に聞いてみてほしい。

できるかどうかは、
あとから決めても、遅くない。

選ぶという行為そのものが、
きっとこれからのあなたを、
静かに支えてくれる。

麗川れいかわアキ

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