仕事を探すとき、「できるかどうか」を先に考えてしまう
仕事を探すとき、
「やりたいかどうか」より先に、
「できるかどうか」を考えてしまう。
うまく言えないけど、
その順番が当たり前になっている人もいるんじゃないかと思う。
ハローワークに行ったり、
求人サイトを眺めたりしながら、
どんな仕事なら、自分にできるだろうと考える。
やってみたい気持ちも、ちゃんとある。
でも、その前にいつも、体のことが浮かぶ。
僕は、生まれつき心臓にハンデがある。
体力には波があって、
昨日できたことが、今日はできない日もある。
だから、「できるかどうか」を先に考えるのは、
自分を守るためでもあった。
障害者雇用と一般の間で揺れる
障害者雇用なら、少し安心できる。
配慮があって、
無理をしすぎずに働ける可能性があるから。
でもその一方で、
給料やこれからの生活を考えると、
「一般で働いた方がいいんじゃないか」とも思ってしまう。
どちらを選んでも、
何かを手放す感覚があった。
安心したい気持ちと、責める気持ち
正直に言えば、
何かあったときに、
会社にとっても、自分にとっても、
少しは安心できる形でいたいと思う部分があった。
無理をしすぎなくていい環境や、
あらかじめ理解されている状態のほうが、
結果的に続けやすいんじゃないかとも思っていた。
でもそのすぐあとに、別の声が出てくる。
それで、この先やっていけるのか。
家族との生活はどうするんだって。
どっちも本音で、
どっちも簡単には否定できなかった。
伝えたあとの、少しの違和感
面接では、
自分の体のことは必ず伝えてきた。
言わないという選択肢は、
僕の中にはなかった。
ただ、伝えたあとの空気が、少し変わることがある。
はっきりと分かるわけじゃない。
でも、受け答えがどこか形だけになる瞬間があって、
そのとき、なんとなく感じてしまう。
ああ、ここで終わったかもしれないなって。
面接は続いているのに、
自分の中では終わっているような感覚。
言わなきゃいけない。
でも、言ったことで終わるかもしれない。
その怖さは、何度経験しても慣れなかった。
それでも、受け入れてもらえたこと
もちろん、
受け入れてもらえたこともある。
病気のことを伝えた上で、
それでも一緒に働きたいと言ってもらえた。
そのときは、ただ嬉しかった。
本当に、それだけで十分だった。
まだ答えは出ていない
これは、仕事を探していた頃の話。
今は、あの頃のように
仕事を探し続けているわけではない。
一度立ち止まって、
働き方そのものを見直しているところにいる。
ただ、
あのとき感じていた迷いや不安が、
きれいに終わったわけでもない。
障害者雇用がいいのか、
一般で働くのがいいのか。
どこまで伝えるのがいいのかも、
正直、今もはっきりとは分からないまま。
形は変わったけれど、
考え続けていること自体は、あまり変わっていない気がしている。
でも今は、
焦って決めなくてもいいと思っている。
そう思えるようになったけど、
ふとした瞬間に、
「このままでいいのか」と不安になる日もある。
体のことも、生活のことも、
どちらも大事だからこそ、
簡単に答えを出せるものじゃないと思うから。
それでも、信じていること
受け入れてくれる場所は、きっとどこかにある。
そう思える経験も、
少しずつ増えてきた。
答えは、まだ出ていない。
これからどうするのかも、
正直、はっきりとは決めきれていない。
ただ、
どちらかを無理に選ぶことよりも、
今の自分が無理をしすぎない選び方をしたいと思っている。
できるかどうかを考えてしまう自分も、
やってみたいと思う自分も、
どちらも、消さなくていい気がしている。
そのまま抱えたまま、
少しずつ選んでいくしかないのかもしれない。
同じように、
立ち止まりながら考えている時間があるなら。
その時間も、きっと無駄じゃないと思う。
急がなくてもいい形が、
どこかにある気がしている。
麗川アキ
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