あの日、僕たちは同じ夜空を眺めていた。
「長岡花火は、エンターテイメントじゃなかった」
これは、二年前にはじめて新潟県長岡市で開催される「長岡花火」を見たときの感想。
長岡花火には、先人たちがつないできた
長岡空襲への「慰霊」
中越地震への「復興」
そして、平和への想いが息づいている。
長岡花火は、エンターテイメントではなく、「祈り」そのものなのだ。
そんな素晴らしい花火を、幸運なことに今年も見に行くことができた。
今年は、中越地震から二十年。
復興祈願をテーマにした「フェニックス」という長岡花火の代名詞とも言える演目は、一段と美しかった。
花火を目の前にして、スマホをかざして、たくさん写真と動画を撮ったけれど…
生で花火を見た臨場感や感動を、デジタルデータで残すのはとてもとても難しい。
花火の音、振動、色、匂い、
風、虫、隣のあの人がつぶやいた声…
その瞬間の「空間」全てをひっくるめて「花火」なのだから、写真や動画のような「平面」におさめるには無理がある。
でも、そんな中でも、
心動かされる瞬間を捉えることができた写真が、一枚ある。

壮大な花火に心奪われながらも「この感動を、何とか記憶に残したい…」とスマホを手にする女性の気持ちが写真越しに伝わってくる。
写真を見るたびに、同じ空間にいた自分の胸の高鳴りが蘇る。
ああ、この瞬間、わたしたちは同じ空を眺めていた。
美しさに感動し、花火にこめられた想いに胸が締めつけられ、涙した。
あの時の気持ちが、再び身体の中に溢れてくる。
この写真は、マイベストショット。
ちなみに、シルエットの女性は、知らない方だったけれど、素敵な後ろ姿だったので、思わずパシャリ。
その後、お声がけして写真データをお渡しすることもできた。そんな出会いのキッカケの一枚でもある。
わたしは、これから何度も何度も、この写真を見てあの日の感動を思い出す。
そして、何度も何度も「慰霊・復興・平和」の想いを胸に刻むのだ。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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二年前、はじめて長岡花火を見たときのnoteは、こちらです↓


