総理就任演説と吉田松陰:感情主義、大和心なるものとイデー性の拒絶
総理就任演説における引用は、中国古典を用いることを通例とする。而して、高市総理にあっては、それは一応は漢文ではあるものの、吉田松陰であった。
これは異例と言うべきである。しかし、高市政権の性格を勘案したとき、そこには単に反中的感情に還元されえぬ、日本精神史の病理が看守されうる。あえて言えば、合理性のアンチテーゼとして非合理性を賞賛することなく、単に行動と感情を以て事足れりとする、デモニーシュなる「美」意識が潜むのである。
吉田松陰は、自身が認めるように、感情の人である。彼は、孟子を極端に行動主義的に読解したうえで、陽明学と称する独特な革命理論を構築した。これは、もはや陽明学というべきものではなく、国学とも通底する我が国の思想に流れる不協和音、つまり「イデー性」への嫌悪、純理を軽んじ行動にすべてを還元する態度が表出したものである。
江戸時代の我が国は、朱子学のイデー性を処理することに失敗した。それは、林大学頭が、理を、「上下定分の理」という身分制の固定化の便法というレヴェルに貶め、そのイデー性がきわめて卑近なものにされたことに関連している。その点で、理は、江戸時代のきわめて固着した社会構造を支持するものとなり、その動態的な自己変転の要素が極小化されることになる。太宰春台の「宋儒は天の活物たるを知らず」という指摘は、かかる文脈において理解さるべきである。
そうした固着した「理」への反動は、自然、極端なものとならざるを得ない。それこそ、一回的なるものや行動にすべての美を見出す、国学や自称陽明学の思想であった。それは、強靭でかつ柔軟に機能する合理主義が存在しないまま、あまりに固着した理への反発という形態をとったために、その中庸を行くだけの度量を示さない。イデー性を完全に棄却し、具体の中に普遍を見出す努力をせず、大和心は、かかる一回的な行動の中に宿るのだとする。
こうした大和心、和魂は、個別具体的要素に因数分解されることなく、きわめて怪しげな理念として機能する。それは、国体理解にも引き継がれ、それは、ドイツ語のStaatsformの訳語とされながらも、それにとどまることのない独特な内容を持つことになる。それは、決して内容が具体化されることはないし、されてはならない。なぜなら、そうしてしまうと、そこに向かって一切の感情を向けるだけの起爆力を喪失してしまうからだ。
我が国の、普遍と固有の距離は異常に遠いのである。ロマン主義であれば、多様の中に統一を見出すという考えがあり、それは、固有を普遍へと向けるエネルギーを生む。ナチズムは、これを悪用して固有ばかりを強調したが、ヘゲリアーナーは、ナチズムを準備したとしても、それが必然的な帰結であったわけではない。
我が国は、どこに向かっているのか?日本精神に適合的な統治や憲法というのは確かに間違いではない。その点で、憲法改正を行うというのも、理解はできる。しかし、それがもっぱら感情と非合理的なるものへ向けられたとき、そこには合理性のかけらもないものが生まれるのではないか。一貫性やイデーを拒絶し、主知主義との緊張関係さえない、感情と人情によって、政治を行うとき、そこにあるのは、二・二六事件などの不祥事であり、さらに言えば、国家の滅亡なのである。
