今の仕事は理想ではない。それでも私が誇りを持って働く理由
理想の仕事なんて、本当にあるのだろうか
みんなは、なぜ仕事をしているのだろう。
そんなことを、ふと考えた。
おそらく、ほとんどの人はこう答える。
「生活するため」
家賃を払うため。
飯を食うため。
家族を養うため。
欲しいものを買うため。
結局、仕事とお金は切り離せない。
2025年度の新入社員を対象にした調査でも、働く目的として最も多かったのは「収入を得ること」で、86.8%だった。
一方で、「仕事を通じてやりがいや充実感を得ること」と答えた人も51.9%いた。
つまり、多くの人は生活のために働きながら、同時に仕事の意味も探している。
私も同じだ。
私はこれまで、「やりがい」や「誇り」といったポジティブな言葉を、自分自身に言い聞かせながら働いてきた。
もちろん、嘘ではない。
今の仕事には誇りを持っている。
自分がやってきた仕事を恥ずかしいとも思わない。
しかし、本音を言えば、今の仕事が理想の仕事かと聞かれたら、答えは「違う」になる。
この仕事を一生やりたくて選んだわけではない。
毎朝、胸を躍らせながら現場へ向かっているわけでもない。
疲れる。
暑い。
危険もある。
人間関係で腹が立つこともある。
それでも働く。
では、この世の中に、本当に理想的な働き方をしている人はいるのだろうか。
調べてみると、2025年に世界で仕事へ強い熱意を持って取り組んでいた従業員は、全体の20%だった。
裏を返せば、世界中の多くの人が、仕事に何らかの違和感や不満を抱えながら働いているということだ。
どうやら、毎日心の底から仕事を愛している人ばかりではないらしい。
考えてみれば、当たり前かもしれない。
好きな仕事にも、嫌な作業はある。
高収入の仕事にも、責任や重圧がある。
自由な仕事にも、収入の不安定さがある。
人間関係の良い職場にも、面倒なルールはある。
すべての条件を満たした完璧な仕事など、最初から存在しないのかもしれない。
私が働く理由
では、私は何のために働いているのか。
考えてみると、答えは意外と単純だった。
私は、子ども2人を大学へ行かせるために働いている。
もちろん、それだけではない。
生活もある。
自分の将来もある。
借金や老後の心配だってある。
それでも、今の私を最も強く動かしているのは、子どもたちの未来だと思う。
私は親というものを、鳥に例えることがある。
親鳥は、ひな鳥に餌を与えることはできる。
しかし、一生餌を運び続けることはできない。
どこに餌があるのか。
どうやって見つけるのか。
危険をどう避けるのか。
最後は、本人が飛びながら覚えていかなければならない。
親にできるのは、子どもが自分の羽で飛び立つまで、できるだけ選択肢を残してやることだと思っている。
大学へ行けば、必ず成功するわけではない。
良い会社に入れる保証もない。
幸せになれる保証など、どこにもない。
それでも、大学へ行くことで、今まで出会えなかった人と出会える。
知らなかった考え方を知ることができる。
自分とは違う環境で育った人間と話すことができる。
視野は、間違いなく広がる。
ありがたいことに、子どもたちには大学へ行ってやりたいことがある。
ただ周りが行くからではない。
本人なりの目的がある。
それなら私は、できる限り支えたい。
それが今、私が働く大きな理由になっている。
私は、学歴ではなく読書に育てられた
私は小卒だ。
昔の私は、本当に輩だった。
自分本位で、自分のことしか考えていなかった。
自分が正しい。
自分が得をすればいい。
気に入らない相手には腹を立てる。
物事を狭い範囲でしか見られなかった。
しかし、読書をするようになって、少しずつ変わった。
本を開けば、自分とは違う人生を歩んだ人間の考えに触れられる。
何十年もかけて誰かが手に入れた知識を、数時間で受け取ることができる。
自分の常識が、世の中の常識ではないと気づくこともできた。
大学へ行けなかった私にとって、読書は学校のようなものだった。
いや、人生を立て直すための、もう一つの教育だったのかもしれない。
だからこそ、子どもたちには、自分より広い世界を見てほしい。
私と同じ苦労を、わざわざ繰り返す必要はない。
「苦労は買ってでもしろ」と言う人もいる。
しかし私は、避けられる苦労なら避けていいと思っている。
苦労そのものに価値があるのではない。
その苦労から、何を学んだかに価値があるのだ。
理想ではない仕事からも、学べることはある
今の仕事は、私にとって理想ではない。
それでも、この仕事から学んだことは多い。
特に大きかったのは、人間関係の構築だ。
若い頃の私は、人間関係を勝ち負けで見ていたところがある。
舐められたら負け。
言い返せなければ負け。
自分の意見を通せなければ負け。
しかし、仕事は一人ではできない。
どれだけ腕が良くても、周囲と意思疎通ができなければ現場は回らない。
相手の立場を考える。
先に挨拶をする。
感謝を言葉にする。
言いにくいことほど、伝え方を考える。
腹が立っても、その場の感情だけで動かない。
昔の私にはできなかったことを、仕事は何度も要求してきた。
そのたびに失敗し、恥をかき、少しずつ覚えてきた。
理想の仕事ではなかった。
しかし、理想ではない環境だったからこそ、学べたこともある。
これは事実だ。
理想の仕事は「見つけるもの」ではない
仕事について調べていると、一つの興味深い研究を見つけた。
「完璧な職業選択が存在しないかもしれない」と受け入れ、不確実なままでも決断できる人ほど、自分の仕事に意味や満足を感じやすいという。
私たちはつい、どこかに自分専用の理想の仕事があると思ってしまう。
好きなことができる。
収入が高い。
休みが多い。
人間関係が良い。
将来性もある。
そんな仕事を見つけさえすれば、毎日が満たされると思ってしまう。
しかし、そんな職場を探し続けているうちに、人生が終わるかもしれない。
理想の仕事とは、最初から完成された状態で置かれているものではないのだろう。
現実の仕事の中で、自分なりの意味を見つける。
必要なら、働き方を変える。
知識を増やす。
人間関係を改善する。
副業を始める。
転職の準備をする。
少しずつ、自分の理想へ近づけていく。
研究でも、自分の仕事が誰かの役に立っていると認識することで、仕事の意味や関与が高まりやすいことが示されている。
仕事内容が突然変わらなくても、「誰のためにやっているのか」が変われば、仕事の見え方は変わることがある。
私の仕事は理想ではない。それでも意味はある
私は、今の仕事を無理に好きだと言うつもりはない。
嫌なものを、きれいな言葉で塗りつぶすつもりもない。
理想ではないものは、理想ではない。
しんどいものは、しんどい。
しかし、仕事が理想ではないことと、働く人生に意味がないことは別の話だ。
私は働くことで、家族を守っている。
子どもたちが学ぶための選択肢を残している。
かつて自分本位だった私は、仕事を通じて人との関わり方を覚えた。
読書を通じて、世界の広さを知った。
そして今は、自分の人生を少しずつ変えようとしている。
完璧な仕事ではない。
完璧な人生でもない。
それでも、昔の自分よりは前へ進んでいる。
もしかすると、理想的に働くというのは、好きな仕事をして毎日笑っていることではないのかもしれない。
自分が何のために働いているのかを理解し、その目的に納得していること。
今いる場所ですべてを諦めるのではなく、自分の理想へ向かって少しずつ動いていること。
それが、理想的に働くということなのではないだろうか。
私は今、子どもたちのために働いている。
ただ餌を与えるためではない。
いつか自分の力で餌を見つけ、自分の羽で飛んでいけるようにするためだ。
そして子どもたちが飛び立つまでの間に、私自身も、自分の人生を飛び直したいと思っている。
今の仕事が理想でなくてもいい。
ただし、今の場所を人生の終着点にしてはいけない。
誇りを持って働くことと、別の未来を望むことは矛盾しない。
今の仕事に感謝しながら、次の理想を目指してもいい。
それが今、私が出した答えだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今の仕事が理想ではなくても、そこで頑張ってきた時間や、身につけた経験まで否定する必要はないと思っています。
私もまだ、理想の働き方にたどり着いたわけではありません。
それでも、家族のために働きながら、本を読み、学び、少しずつ自分の未来を変えようとしています。
今の場所に誇りを持つことと、別の未来を目指すことは矛盾しません。
この記事が、今の仕事や生き方に迷っている誰かにとって、自分なりの「働く理由」を考えるきっかけになればうれしいです。
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