歩行練習ばかりするPTが見落としていること
◎歩行練習ばかりするPTが見落としていること
理学療法士は歩行が好きだ。
もちろん私も好きだ。
歩行能力の改善は患者さんの可能性を広げる。
歩けなかった人が歩けるようになる。
その瞬間に立ち会えるのは理学療法士の醍醐味だと思う。
しかし、
新人時代の私は大きな勘違いをしていた。
歩けるようになれば退院できると思っていた。
回復期で働いていた頃の話だ。
ある患者さんは病棟内を自立歩行できていた。
歩行速度も悪くない。
バランスも問題ない。
転倒リスクも低い。
私は順調だと思っていた。
ところが退院前の家屋調査で現実を知った。
玄関に大きな段差がある。
買い物先まで坂道が続く。
自宅内は物で溢れている。
独居。
歩けるだけでは生活できなかった。
その時に気付いた。
患者さんが必要としているのは歩行能力ではない。
生活能力だ。
歩行はそのための手段に過ぎない。
新人PTは歩行を見る。
しかし、
本当に見るべきものを見落としていることがある。
例えば、
・トイレまで行けるか
・買い物に行けるか
・入浴できるか
・料理できるか
・家族の介護負担はどうか
こうした視点は歩行分析だけでは見えてこない。
歩行能力が改善した。
それは素晴らしい。
では、
その改善によって患者さんの何が変わったのか。
ここまで考えられているだろうか。
歩行速度が0.8m/秒から1.0m/秒になった。
それで買い物に行けるようになったのか。
友人に会いに行けるようになったのか。
外出への不安は減ったのか。
数字だけでは分からない。
私たちは時々、
歩行そのものを目的にしてしまう。
歩行距離。
歩行速度。
歩容。
杖の種類。
介助量。
もちろん大切だ。
だが、
患者さんが本当に望んでいるのはそこではない。
「また畑に行きたい」
「一人で買い物したい」
「孫に会いに行きたい」
その願いの先に歩行がある。
順番を間違えてはいけない。
私は今でも歩行練習を行う。
しかし以前とは考え方が変わった。
歩かせるために歩行練習をするのではない。
生活を取り戻すために歩行練習をする。
その違いは大きい。
理学療法士として成長するほど、
歩行を見る時間は減るかもしれない。
その代わり、
生活を見る時間が増える。
患者を見る時間が増える。
そして気付く。
歩行はゴールではない。
生活のための手段なのだ。
だから今日も自分に問いかけたい。
その歩行練習、
誰のためだろうか。
