ベンチプレスで肩を壊す本当の理由と、科学が教える肩の守り方
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「ベンチプレスで肩を痛めた」という話は、ジムに通う人なら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
ベンチプレスは上半身の筋肉を鍛える代表的な種目であり、筋トレをする人の多くが取り組んでいます。重量が伸びることへの達成感も大きく、継続するモチベーションになりやすい種目です。
しかし、ベンチプレスは肩を傷めやすい種目としても知られています。
サブエリートからエリートのパワーリフターを対象にした調査では、全ての怪我の18〜46%がベンチプレスに関連していると報告されています。
ベンチプレスによる傷害としては、大胸筋断裂、肩関節脱臼、遠位鎖骨骨溶解(鎖骨末端が徐々に傷む状態)、腱板の腱炎などが報告されており、肩周辺に集中していることがわかります。競技的なウエイトリフターにおける遠位鎖骨骨溶解の有病率は27%に達するとも推計されています。
肩を壊してしまうと、ベンチプレスはもちろん、日常動作にも支障が出ます。では、なぜベンチプレスで肩が傷むのか、そしてどうすれば防げるのか。まずは肩がどのような構造をしているかを理解することが、その答えへの近道になります。
◆ 肩はなぜ傷みやすいのか——構造的な背景
肩関節は人体のなかで最も可動域が広い関節です。腕を前後左右に大きく動かせるのは、上腕骨の丸い骨頭(ボール)が、肩甲骨側の浅い受け皿(関節窩)にはまり込んでいるからです。
股関節のように深い受け皿に覆われていないぶん、肩関節は「大きな可動域と引き換えに、安定性が低い」という構造的な特徴を持っています。

この不安定な関節を支えているのが、肩板(けんばん:ローテーターカフ)と呼ばれる4つの筋肉群です。
肩板:棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋
これらはまるで袖(カフ)のように上腕骨頭を取り囲み、腕を動かすときに骨頭を受け皿の中心に引きつける役割を果たします。浅い受け皿に乗っているだけの不安定なボールを、周囲の筋肉が引きつけて中心に保ち続けている状態です。
この肩板が正しく機能していることが、肩の安定性の鍵を握っています。
もうひとつ重要なのが、肩峰下のスペースです。
肩甲骨には前方に突き出た突起(肩峰)があり、その下を腱板や滑液包(動きを滑らかにするクッション)が通っています。このスペースが狭まると、腕を動かすたびに肩板が肩峰にこすれて摩擦や炎症が生じます。

これが「インピンジメント(挟み込み)」と呼ばれる状態で、肩の痛みを訴える人に最も多く見られる問題のひとつです。

そして、このスペースの広さに直接影響するのが、肩甲骨の位置と動きです。
肩甲骨は胸郭の上を滑るように動く骨で、腕を挙げるにつれて外側上方に回旋することで肩峰下のスペースを確保する役割があります。

ところが、肩甲骨周囲の筋力が低下したりバランスが乱れたりすると、この動きが崩れます。肩甲骨が前に傾いたり、外側に広がったままになったりすると、腕を動かすたびに肩板が肩峰に挟まれやすくなります。
つまり、腱板の安定化機能が低下すること、肩峰下のスペースが狭まること、肩甲骨周囲の筋力低下によって肩甲骨の位置や動きが乱れること——この3つが絡み合うことで、インピンジメントが生じやすくなり、腱板の炎症といった肩の痛みが誘発されるのです。
ベンチプレスによる肩の問題も、根本をたどればこのメカニズムに行き着きます。
◆ ベンチプレスで肩に何が起きているのか
ベンチプレスは、単純に「バーを押し上げる動作」のように見えますが、肩関節の内部では複数の力が複雑に作用しています。
アムステルダム自由大学のNoteboomらは、10名の経験者を対象に、グリップ幅・肩の外転角度(肘を広げる角度)・肩甲骨の位置を組み合わせた21種類のフォームを実施させ、筋骨格モデルで肩関節への負荷を推定しました。
その結果、肩関節に加わる負荷の大きさは、フォームの違いによって明確に変化することが示されました。怪我のリスクに影響するフォームの要因として、特に重要なのがグリップ幅と肩甲骨の位置です。
◯ グリップが広いほど、肩への負担は増える
まず問題になるのが、グリップ幅です。
バーの持ち幅が広くなるほど(肩幅の2倍程度)、上腕骨と肩甲骨がつながる関節(肩甲上腕関節)への圧迫力と、骨がずれる方向にかかる力(剪断力)が増加し、肩板への負荷も増大しました。

また、肩甲骨と鎖骨の端がつながる関節(肩鎖関節)への圧迫力も高まり、繰り返し受けることで遠位鎖骨骨溶解を引き起こす可能性があります。とくに肩幅の1.5倍から2倍へとグリップを広げた際の変化が顕著でした。
なぜグリップが広いと負荷が増えるのでしょうか。
グリップを広げると、バーを持つ手から肩の関節までの距離が長くなります。テコの原理と同じで、同じ重量でも支点から遠い位置で力がかかるほど、関節への負担は大きくなります。その増大した力に対抗するために、肩板がより強く働かなければならないという構造です。
◯ 肩甲骨の位置が、肩の安全を左右する
次に重要なのが、肩甲骨の位置です。
肩甲骨を引き寄せずに前に出た状態でベンチプレスを行うと、肩の関節への圧迫力と剪断力が増大し、肩板の筋活動量も増加しました。逆に肩甲骨をしっかり引き寄せた状態では、これらの力がいずれも低下しました。
これは先ほどの解剖学的な説明と直結します。
肩甲骨を引き寄せることで、上腕骨頭が受け皿の中心に近い位置に保たれます。骨頭が適切な位置にあれば、肩板が効率よく安定化の役割を果たせます。
一方、肩甲骨が前に出た状態では骨頭が受け皿からずれやすくなり、それを支えるために必要な筋力がより大きくなります。肩板への需要が高い状態で重いバーを押すことになるため、怪我のリスクが高まります。
ベンチプレス中、上腕骨頭は常に後方へ押される力を受けています。この力に対抗して骨頭を受け皿の中心に留めるのが、肩板の仕事です。
軽い重量であれば筋肉が対応できますが、グリップが広く肩甲骨が前に出た状態では需要がより高まるため、重い重量を扱ったときに肩板が対応しきれず、靭帯や腱に過度な負担がかかる可能性があります。

ここで改めて整理すると、ベンチプレスで肩が傷むのは「重量が重すぎるから」だけではありません。
同じ重量であっても、グリップが広ければ関節への力が増し、肩甲骨が前に出ていれば安定化のコストが上がります。この2つのフォームの問題が重なったとき、肩板肩鎖関節への負荷が限界を超えやすくなるのです。
ここまで読んでいただければ、「ベンチプレスで肩が痛くなるメカニズム」はご理解いただけたかと思います。メカニズムがわかれば、予防のための対策も見えてきます。
では、肩を守りながらベンチプレスを続けるために、具体的に何をすべきなのか。科学的な根拠をもとに解説していきます。
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