自信にすがるしかない無能
政治家は、何の訓練もない。
行政職員も、能力に見合った責任設計をされていない。
それでも両者は、それぞれのポジションに「権力」という衣装を与えられる。
すると、やることはひとつしか残らない。
「無能なまま、無能を否定しないように、無能に自信を持つこと」だ。
おかしな話だが、これは人間の適応の結果だ。
権力を握ってしまうと、自分の無能を認めることは精神破壊につながる。
だから精神が自分を守るために、こうなる。
自分は正しい。
自分は適任だ。
自分を批判する人間は敵だ。
そしてこれが制度の力によって「正当化」される。
本当は訓練もなく、準備もなく、
判断の根拠もなく権力を握らされただけなのに
「自分は正しい権威である」と信じ込まなければ
精神が崩れてしまう。
だから日本政治の問題は「悪人の支配」ではない。
「壊れないために、虚構の自信を作り続ける無能者の自己防衛」である。
制度が彼らをそうさせる。
だからこの国では、能力ある人間ほど自分に自信を持てず、
能力のない人間ほど自己確信を強める。
この構造が反転しない限り、
民主主義の形をしていても、民主主義は働かない。
そしてここが最も残酷なところだが
この構造は、彼らが悪いのではない。
人間が自分を壊さずに生きるための防衛反応なのだ。
だからこそ、ここを変えるには
「敵を倒す」ではなく
「判断を担える人間を育てる」以外の道はない。
