「日本には道徳的な力がある」混迷する世界で、私たちにできること
世界のニュースを見ていると、
最近こんな言葉を耳にする機会が増えました。
「国際秩序の崩壊」
「力による現状変更」
「分断する世界」
ロシアによるウクライナ侵攻。
イスラエルとハマスの戦闘。
イランをめぐる緊張。
そして、大国同士の対立。
かつては「国際法があるから大丈夫」「国連が止めてくれる」と信じられていたものが、少しずつ揺らぎ始めています。
正しいはずのルールが守られない。
守られなくても、誰も止められない。
そんな現実を、私たちは目の当たりにしています。
国連はなぜ止められないのか
本来、世界の平和と安全を守る役割を担っているのが国連安全保障理事会です。
しかし、その中心にいる常任理事国には「拒否権」があります。
アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス。
この5か国は、自国に不利な決議を拒否できる仕組みを持っています。
だからこそ、ロシアが関係する問題ではロシアが拒否する。
中東問題では、それぞれの思惑がぶつかる。
結果として、
「国際法違反だと分かっていても止められない」
という現実が生まれてしまうのです。
そんな中、国連のグテーレス事務総長は退任を前に、日本で異例の発言をしました。
「安保理は正当性と有効性を保証していない。」
国連のトップ自らが、国連の限界を指摘したのです。
この言葉の重みは、決して小さくありません。
日本に期待されている役割
では、そんな時代に日本は何ができるのでしょうか。
軍事大国になること?
核兵器を持つこと?
そうではありません。
世界が日本に期待しているのは、
「第三極」としての役割です。
アメリカとも話せる。
ヨーロッパとも協力できる。
アジアともつながっている。
中東やアフリカとも関係を築いてきた。
そして何より、日本には他国にはない経験があります。
広島と長崎で核兵器の被害を受けたこと。
焼け野原から経済復興を成し遂げたこと。
大地震や津波、原発事故という未曾有の困難を乗り越えてきたこと。
数え切れない苦難を経験しながら、それでも「もう一度立ち上がろう」と歩んできた国。
それが日本です。
「道徳的な力」がある国
2011年、ノーベル平和賞を受賞したイエメン出身の活動家、タワックル・カルマンさんはこう語りました。
「日本には道徳的な力がある。」
核の悲劇を知っている。
復興の苦しさを知っている。
平和の尊さを知っている。
だからこそ、日本が世界に向かって、
「もうやめませんか。」
「対話しませんか。」
「戦争ではなく共存を選びませんか。」
そう訴える言葉には説得力があるのだと。
私たち日本人は、自分たちのことを当たり前だと思いがちです。
でも、当たり前ではありません。
戦後80年近く、大きな戦争を経験せずに平和を築いてきたこと。
災害のたびに助け合い、復興してきたこと。
秩序やルールを重んじてきたこと。
それは世界から見れば、誇るべき財産なのです。
中国のように「戦略」を持つということ
一方で、理想だけでは世界は動きません。
中国は国際機関に人材を送り込み、拠出金を増やし、長期的な戦略で国際社会に影響力を広げてきました。
それは価値観を真似するということではありません。
「自分たちの理想を実現するための戦略を持つ」ということです。
日本はこれまで、
「正しいことを言えば伝わる」
という姿勢が強かったのかもしれません。
しかし、これからは違います。
平和を守りたいなら、人材を育てること。
国際機関で存在感を発揮すること。
制度づくりに参加すること。
そして、自分たちの価値観を世界に届ける努力をすること。
それが必要なのです。
誰とでも話す勇気
フランスのマクロン大統領は、
誰にでも電話をすると言われています。
プーチン大統領にも。
中国にも。
アフリカ諸国にも。
好き嫌いではなく、
「話す責任があるから話す。」
これがリーダーの役割だと考えているのです。
平和とは、仲の良い人同士で作るものではありません。
むしろ、価値観が違う相手と対話を続ける努力の先にあるものです。
だからこそ、日本にも求められるのは、
「対話の窓口を閉ざさないこと」
なのではないでしょうか。
私たちにできること
世界情勢の話になると、
「自分には関係ない」
「難しくて分からない」と思ってしまうことがあります。
でも、平和は政治家だけが守るものではありません。
選挙で意思を示すこと。
ニュースに関心を持つこと。
違う意見にも耳を傾けること。
身近な人との対話を大切にすること。
そうした一つひとつの積み重ねが、社会の空気をつくっていきます。
日本は決して完璧な国ではありません。
矛盾もあります。
課題もたくさんあります。
それでも、戦争の悲惨さを知り、
復興の尊さを知る国として、
「もうやめよう。」
「話し合おう。」
「共に生きよう。」
そう言い続ける責任と資格があるのではないでしょうか。
世界が混迷する今だからこそ。
私たちは、先人たちが積み重ねてきた平和の重みを受け継ぎ、
次の世代へ手渡していかなければならない。
日本には、そのための「道徳的な力」がある。
そのことを、改めて信じたいと思います。
