【讃岐秘話】 阿波水軍 森家と直島 高原家――豊臣秀吉の朝鮮出兵で交差した瀬戸内海の水軍 | 『直島町史』と森甚一郎氏の論文『阿波水軍と朝鮮の役』から探る
はじめに
瀬戸内海を挟んで、阿波国の椿泊を拠点とした森家と、讃岐国直島を拠点とした高原家は、戦国時代から海上交通と水軍に深く関わった家々でした。

阿波水軍の森家については、森甚五兵衛家19代当主 森甚一郎氏の「阿波水軍と朝鮮の役」という論文が重要な資料です。
・森甚五兵衛家 第19代当主 森甚一郎氏の論文
この論文は、阿波学会の研究紀要『郷土研究発表会紀要』第9号に掲載されたもので、森志摩守村春と森甚五兵衛村重を中心に、文禄・慶長の役における阿波水軍の活動を詳しく記しています。(徳島県立図書館)
一方、直島の高原氏については、『直島町史』が重要です。同書では「高原氏の三カ島支配」の中で、高原氏の出自から秀吉の四国征伐、九州の役、そして「文禄・慶長の役と高原次勝」までをまとめています。
香川県立図書館も、高原氏を調べる主要資料として『直島町史』223~256頁を挙げています。(香川県立図書館)

両家について、現時点で確認できる資料から直接的な「家同士の交渉」や「共同作戦」を示す文書を確認することはできません。
しかし、両家が同じ時代に瀬戸内海の水軍勢力として豊臣政権の軍事動員に組み込まれ、四国・九州・朝鮮という同じ軍事的舞台に登場することは注目されます。
🔸文禄・慶長の役:
・直島 高原次勝が寺沢正成の与力として従軍
・蜂須賀家政の阿波水軍 森志摩守村春、森村重(森甚五兵衛)が参戦
・森甚五兵衛家、森甚太夫家の家系図



・森甚一郎氏遺稿集 木瓜の香り



1.森家――阿波を代表する水軍
森家は、阿波国撫養・土佐泊浦周辺を基盤とした水軍勢力として知られています。
森甚一郎氏の「阿波水軍と朝鮮の役」は、森家について『阿州奇事雑話』を引用し、森氏が土佐泊浦周辺に居住し、代々「船法水戦」に優れ、水夫を鍛錬していたと伝えています。
さらに天正年間から蜂須賀家に従い、「御船手の将」となったとしています。
文禄年間の朝鮮出兵では、釜山海などで水戦に参加し、軍功を挙げたと記されています。(徳島県立図書館)
特に重要なのが、森志摩守村春です。
文禄元年(1592)、蜂須賀家政らの第5軍が朝鮮へ渡った際、同論文は『古伝記』を引用して、蜂須賀家政が森志摩守村春の所持する船で渡海したとしています。

さらに村春は阿波水軍の部将として熊川に「一番乗り」し、沖の島を占領したと記されています。
その後、唐浦の海戦で村春は戦死します。

村春の死後は、甥とされる森甚五兵衛村重が阿波水軍の指揮代理を務め、村春の遺骸を取り戻したとされています。
村重はその後も順天、晋州、漆川梁、蔚山、露梁などの戦闘に参加し、慶長3年(1598)には朝鮮での船戦の功績によって、脇差一腰と115石の知行を与えられたとする文書が紹介されています。(徳島県立図書館)
つまり森家は、単に船を提供する海運勢力ではなく、蜂須賀家政の軍事組織に属する水軍として、朝鮮で実際の海戦を担った家でした。
・文禄・慶長の役
森村春が文禄の役で戦死した「唐浦(とうほ)」の現在の場所
文禄元年(1592年)の唐浦の海戦でいう「唐浦(唐浦海戦)」は、現在の韓国の慶尚南道・統営市(Tongyeong-si)山陽邑付近にあった港湾です。
現在の地名では、韓国語で 당포(Dangpo/タンポ) と呼ばれています。
現在の場所
現在の行政区分では、
韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)統営市(トンヨン市)山陽邑(サンヤンウプ)
にあたります。
韓国・光化門広場の公式解説でも、1592年旧暦6月2日の「唐浦海戦(당포 해전)」について、「唐浦=慶尚南道統営市」としています。
また、現在確認されている位置情報では、唐浦海戦の地点はおおよそ北緯34°50′45″、東経128°25′25″付近です。


森甚一郎氏の「阿波水軍と朝鮮の役」など、阿波水軍側の史料・研究では、1592年6月1日に阿波水軍が唐島瀬戸(唐浦)を攻略し、翌6月2日に朝鮮水軍の反撃を受けて大海戦となり、森志摩守村春が戦死した
という伝承・記述になっています。
さらに、村春の甥にあたる森甚五兵衛村重らが村春の遺体を取り戻したとされています。
森村春は、現在の韓国・慶尚南道統営市山陽邑付近にあたる唐浦で、文禄元年(1592年)6月2日の唐浦海戦において戦死したと、阿波水軍関係史料・研究に伝えられている。
2.高原家――直島を拠点とした瀬戸内海の水軍
一方、讃岐国直島では高原氏が水軍を率いていました。
『直島町史』には、「高原氏の三カ島支配」として、高原氏の歴史がまとめられています。
特に重要なのが高原次利です。
高原氏は1582年に備中高松城水攻めでの武功が認められ豊臣秀吉から直島を中心に、男木島・女木島を含む三カ島を受領、支配し、戦国末期には瀬戸内海の海上交通に関わる有力な水軍勢力となっていました。
『直島町史』では、高原氏について、
• 高松城水攻めと高原氏
• 高原氏の三カ島支配
• 秀吉の四国征伐
• 九州の役と高原氏
• 文禄・慶長の役と高原次勝
という順序で記述されています。
つまり高原氏も、豊臣秀吉の軍事行動の展開とともに、瀬戸内海の水軍として活動範囲を広げていったことが分かります。(香川県立図書館)
特に『直島町史』には、文禄・慶長の役について独立した章が設けられ、「讃岐勢の出動」「高原氏の活動」「従軍者と郷里の困窮」まで扱われています。(香川県立図書館)
したがって、高原家も森家と同じく、秀吉の海外出兵に海上勢力として組み込まれたと考えることができます。



3.森家と高原家に共通するもの
ここで両家を比較すると、非常に興味深い共通点が浮かび上がります。
森家は、
阿波・椿泊 → 阿波水軍 → 蜂須賀家政 → 豊臣秀吉の軍事行動 → 朝鮮
というルートをたどりました。
一方、高原家は、
直島 → 直島水軍 → 豊臣秀吉の軍事行動 → 四国・九州・朝鮮
というルートをたどりました。
つまり両家とも、
瀬戸内海を基盤とする水軍勢力から、豊臣政権の大規模な軍事動員に組み込まれた
という共通性があります。
また、両家の活動地域は、阿波・讃岐・備讃瀬戸という近接した海域です。
当時の瀬戸内海では、陸上の国境とは違い、海上交通を通じて各地の水軍・海運勢力がつながっていました。
そのため、森家と高原家が同じ海域で活動し、秀吉の四国征伐や九州征伐、朝鮮出兵という大規模な軍事動員の中に組み込まれていったことには、地理的にも歴史的にも十分な背景があります。
・豊臣秀吉の九州征伐の舞台: 戸次川の戦い

4.ただし「森家と高原家が直接協力した」とはまだ断定できない
ここは史料上、慎重に扱う必要があります。
森甚一郎「阿波水軍と朝鮮の役」には、森志摩守村春や森甚五兵衛村重が朝鮮で活動したことが詳しく記されています。(徳島県立図書館)
一方、『直島町史』には高原氏について、四国征伐、九州の役、文禄・慶長の役に関する章があります。(香川県立図書館)
しかし、現時点で確認できるこれらの資料だけから、
「森村春と高原次勝が朝鮮で直接会った」
あるいは、
「森家と高原家が朝鮮で共同して戦った」
と断定することはできません。
したがって、現段階では、
「両家が同じ豊臣政権の軍事動員の中で活動したことは確認できるが、両家の直接的な接触については追加史料の確認が必要」
とするのが最も正確です。
引田の戦いや四国攻めにおいて、小豆島に度々訪れていた仙石秀久と森村吉(森村春の弟)、直島、男木島、女木島を統治していた高原家は同じ海域内で活動していた為、遭遇していたことは要因に想像できます。

5.それでも両家の関係を考える意味
では、なぜ森家と高原家を一緒に考える価値があるのでしょうか。
それは、両家がともに瀬戸内海の水軍社会を構成する家だったからです。
阿波の椿泊と讃岐の直島は、現在の県境によって分けられています。しかし戦国時代の海上交通という視点から見ると、阿波・讃岐・備前・備中・淡路などは海によって結ばれていました。
森家は阿波の海域を、高原家は直島を中心とする備讃瀬戸を基盤としていました。
そして豊臣秀吉による四国征伐・九州征伐・朝鮮出兵によって、こうした地域水軍が全国規模の軍事ネットワークに組み込まれていきました。
森家と高原家の歴史は、まさにこの「地域水軍から豊臣政権の海上軍事力へ」という変化を考えるうえで興味深い事例なのです。
おわりに
森志摩守村春を中心とする阿波水軍森家と、直島を拠点とした高原家は、直接の血縁関係が確認される家ではありません。
しかし両家には、
瀬戸内海を基盤とする水軍勢力であったこと
豊臣秀吉の四国征伐・九州征伐に関わったこと
文禄・慶長の役という豊臣政権最大の海外軍事行動に参加したこと
という重要な共通点があります。
森家については、森甚一郎氏論文「阿波水軍と朝鮮の役」が、森志摩守村春の唐浦海戦での戦死、森甚五兵衛村重のその後の戦闘、さらに露梁海戦までを詳しく伝えています。(徳島県立図書館)
高原家については、『直島町史』が、高原氏の三カ島支配から秀吉の四国征伐、九州の役、そして文禄・慶長の役に至る活動をまとめています。(香川県立図書館)
したがって、現段階で最も妥当な結論は、
森家と直島高原家は、直接の関係を示す史料が確認されているわけではない。しかし、両家はともに瀬戸内海の水軍勢力として豊臣秀吉の軍事動員に組み込まれ、四国・九州・朝鮮という同じ歴史的舞台で活動した。
というものです。
プロフィール

インバウンドと語学で、地域と人の価値を高める専門家
Bizconsul Office代表
森啓成(Yoshinari Mori)
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企業・自治体のインバウンド支援と、個人の語学×キャリア支援を行っています。
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■事業領域
・TOEIC × キャリア戦略コーチング
・直島・瀬戸内 VIP対応 通訳ガイド
(全国通訳案内士〈英語・中国語〉)
・インバウンド戦略コンサルタント
(観光庁インバウンド研修認定講師)
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■経歴
米国大学経営学部でマーケティングを専攻。
大手エレクトロニクス企業で20年間、海外営業職に従事し、中国・北京オフィス所長を務める。
その後、外資系商社の設立に参画し、副社長を経て顧問に就任。
米国・シンガポール・中国で計16年間の滞在経験を持ち、海外ビジネスと異文化コミュニケーションの経験を積む。
現在は、これまでの海外ビジネス経験と語学力を生かし、TOEIC × キャリア戦略コーチ、企業・自治体へのインバウンド戦略コンサルタント、直島・豊島での富裕層向け通訳ガイドとして活動している。
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■ 資格
語学・教育
・全国通訳案内士(英語・中国語)
・英検1級
・TOEIC 970点(Listening満点)
・国連英検A級
・TESOL(英語教授法)
・HSK6級
・香川せとうち地域通訳案内士(中国語)
観光
・観光庁インバウンド研修認定講師
・総合旅行業務取扱管理者
・国内旅行業務取扱管理者
・国内旅程管理主任者
・せとうち島旅ガイド認定
(瀬戸内国際芸術祭2019公式ガイド)
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■ 所属
四国遍路通訳ガイド協会
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■ 登録
香川県登録通訳案内士サイト
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■座右の銘
雨垂れ石を穿つ
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■公式LINE
TOEICスコアアップに役立つ無料教材をプレゼントしています。
以上
