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レコード男子|③レコード規格のものがたり|回転数と穴の違いを、音楽の楽しみに変えたプレーヤーたち

レコードの歴史は、音楽の歴史である。
けれど同時に、規格の歴史でもある。

78回転、33回転、45回転。
LP、シングル盤、ドーナツ盤。
小さな穴、大きな穴。

一見すると、ただの仕様の違いに見える。
けれど、その違いは、音楽の聴かれ方そのものを変えてきた。

そして、その違いを聴き手の不便で終わらせず、楽しみに変えてくれた人たちがいた。
規格を受け止めたレコードプレーヤー。
棚に並べ、出会いを作ったレコード屋さん。
そして、回転数の違いごと音楽を楽しんできた聴き手たち。

回転数と穴の違いから、アナログレコードのものがたりをたどってみたい。

*     *     *

レコードの歴史は、音楽の歴史である。
けれど同時に、規格の歴史でもある。

78回転。
33回転。
45回転。

12インチ。
10インチ。
7インチ。

小さな穴。
大きな穴。

数字やサイズだけを見ると、ただの仕様の違いに見える。
けれど、その違いの向こうには、音楽の聴かれ方を変えてきた、たくさんの工夫がある。

長く聴くためのLP。
1曲を軽やかに届けるためのシングル盤。
ジュークボックス。
オートチェンジャー。
家庭用プレーヤー。
レコード店。
そして、規格の違いを聴き手の不便にしないようにしてくれたハード屋さんたち。

いま僕らが、LPもシングル盤も、あまり身構えずに楽しめているのは、規格がきれいに一つだったからではない。

むしろ、いくつもの規格があった。
その違いを、レコードプレーヤーが受け止めてくれた。
レコード屋さんが棚に並べてくれた。
聴き手が、その違いごと楽しんできた。

だからこれは、規格の話でありながら、プレーヤーたちの話でもある。

盤を回すプレーヤー。
機械を作るプレーヤー。
レコードを売るプレーヤー。
音楽を選ぶプレーヤー。

回転数と穴の違いは、いつの間にか音楽の楽しみ方になっていた。

まず、音を記録するという夢があった

録音の歴史をたどると、最初から円盤だったわけではない。

19世紀後半、人類は「音を記録する」という不思議な夢に手を伸ばした。

レオン・スコットのフォノトグラフは、音の振動を目に見える形で記録する装置として知られている。ただし、これは再生を前提にした現在の意味でのレコードとは少し違い、当時は記録された音を聴くことはできなかったとされる。

その後、エジソンのフォノグラフが登場する。
1877年、エジソンは音を記録し、再生する装置としてフォノグラフを発明したとされる。初期の装置では、錫箔を巻いた円筒に針で音の振動を刻む仕組みだった。

いま考えると、なんとも原始的で、なんとも大胆である。

音は消えるものだった。
話せば消える。
歌えば消える。
演奏すれば消える。

その消えるはずの音を、物体に刻む。

ここで音楽は、時間から少しだけ逃げ出した。
音が、モノになったのである。

ただ、初期の円筒式には、当然ながら多くの制約があった。
扱いやすさ、複製のしやすさ、収納、管理、量産性。
音を記録するだけなら円筒でもよかったかもしれない。
しかし、音を商品として広く流通させるには、さらに別の形が必要だった。

そこで現れるのが、エミール・ベルナーのグラモフォンである。

円筒から円盤へ

1887年、エミール・ベルナーは円盤式のグラモフォンを発明したとされる。

この円盤式への移行は、単なる形の変更ではなかった。

円筒は、いかにも機械の部品という感じがする。
一方、円盤は違う。
平たく、重ねられ、ラベルを貼ることができ、箱に入れやすい。
管理しやすく、商品として見せやすい。

音楽が、流通する商品になるためには、円盤という形は非常に都合がよかったのだと思う。

ベルナーの円盤式は、エジソンの特許を避ける意図もあったと言われる。
ただ、特許回避が目的だったとしても、結果的には円盤式に多くの利点があった。

収納しやすい。
レーベルで管理しやすい。
複製しやすい。
量産しやすい。
そして、後のレコード産業の基礎になった。

ここが歴史の面白いところである。

回避策として生まれたものが、のちに本流になることがある。
脇道に見えた小道が、気がつくと大通りになっている。

円盤式レコードは、まさにそういう存在だったのかもしれない。

78回転SPの時代

その後、円盤式レコードは長く78回転の時代を迎える。

いわゆるSP盤である。
SPはStandard Playing、あるいはStandard Playと説明されることが多い。

ただし、この時代のレコードは、いまのLPとはかなり違う。

材質は主にシェラック系で、硬く、重く、割れやすかった。
落とすと、文字通りパカッと割れる。
針もいまのような軽いカートリッジではなく、レコード側への負担が大きかった。

手元のメモでは、当時は鉄針を一面ごとに交換するような使われ方もあったと整理している。
欧米では植物由来の針、日本では竹針なども使われたという話があり、レコードを傷めないための工夫があったようだ。

再生時間も短かった。

10インチで3分ほど。
12インチで5分ほど。

もちろん、盤や録音条件によって違いはある。
ただ、長時間の音楽を1枚で聴くには向いていなかったことは確かだろう。

この制約は、音楽の形にも影響したはずである。

ポピュラーソングが3分前後に収まりやすかったこと。
クラシックの長い曲を聴くには、複数枚のレコードが必要だったこと。
音楽を切り分け、面を替え、盤を替えながら聴く必要があったこと。

いまのように、アルバムを一気に流して聴く感覚とはかなり違う。

「アルバム」という言葉の名残

ここで面白いのが、「アルバム」という言葉である。

レコードの世界でアルバムというと、いまは1枚のLPやCD、あるいは配信上の作品単位を指すことが多い。
けれど、もともとは少し違う。

78回転時代、長い作品を収めるには複数枚のレコードが必要だった。
それらを写真アルバムのような冊子状のケースに収納した。
そこから、複数枚のレコードをまとめたものが「アルバム」と呼ばれるようになったと説明されることがある。

つまり、アルバムとはもともと、物理的な収納形式の言葉だった。

何枚もの盤がページのように収められている。
一枚めくると、次のレコードがある。
写真ではなく、音楽が綴じられている。

この感じは、とてもいい。

アルバムとは、音楽の本だったのだ。

のちにLPが登場し、複数枚に分かれていた音楽を1枚の長時間盤に収められるようになる。
それでも「アルバム」という言葉は残った。

形は変わっても、言葉は残る。
音楽メディアの歴史には、そういう化石のような言葉がいくつもある。

コロンビアの33回転LP

大きな転換点は、1948年である。

コロンビアは、12インチ、33 1/3回転のLPを市販した。
Long Playing、つまり長時間再生である。

従来の78回転SPでは短かった再生時間を、細い溝、ビニール素材、軽量なピックアップなどの組み合わせによって大きく伸ばした。
片面20分を超えるような再生時間が可能になり、クラシックやジャズ、アルバム単位の音楽表現にとって大きな意味を持った。

33 1/3回転という数字は、いまでは当たり前のように見える。
けれど当時は、長く聴くための新しい提案だった。

音楽を細切れにせず、まとまりとして聴く。
交響曲を面ごとに切り替えながらでも、以前よりずっと自然に聴く。
ジャズの演奏を、より長く収録する。
アルバムという作品単位を育てる。

LPは、音楽を「曲」から「作品」へ拡張する力を持っていたのだと思う。

もちろん、LPだけで音楽作品の概念が生まれたわけではない。
しかし、LPという容器があったからこそ、アルバムという表現は大きく育った。

器が変わると、中身も変わる。

これはレコード史の大きな教訓である。

RCAの45回転シングル

その翌年、1949年にはRCAビクターが45回転の7インチ盤を投入した。

こちらは、コロンビアのLPとは発想が違う。

LPが「長く聴く」ための規格だとすれば、45回転シングルは「1曲を軽く届ける」ための規格だったと言える。

7インチ。
45回転。
小さく、扱いやすく、1曲ずつ聴く。
A面とB面。
ヒット曲とカップリング。

そして、この45回転盤にはジュークボックスやオートチェンジャーとの関係が強くあったとされる。

RCAの45回転システムでは、連続再生のしやすさが重視されていた。
そのため、中心穴が大きい仕様になった。
この大きな穴が、後に日本で「ドーナツ盤」と呼ばれる見た目につながっていく。

ドーナツ盤。

なんとも日本語らしい呼び名である。
ただの穴ではなく、急に甘い匂いがしてくる。

でも、この穴はかわいいだけではない。
ジュークボックスやチェンジャーという、再生装置側の事情と結びついていた。

つまり、ドーナツ盤の穴は、音楽文化の穴でもある。
そこから、街のジュークボックス、若者文化、シングルヒット、レコード店の棚が見えてくる。

33回転と45回転は、別々の時間を見ていた

コロンビアの33回転LPと、RCAの45回転シングル。

この二つは、単に回転数が違うだけではない。
見ていた時間が違う。

LPは、家庭でじっくり聴く音楽を見ていた。
クラシック、ジャズ、アルバム作品。
長く、深く、まとまりとして聴く音楽。

45回転シングルは、もっと機動力のある音楽を見ていた。
ヒット曲、若者、ラジオ、ジュークボックス、レコード店、ランキング。
1曲が世の中を走っていく音楽。

LPは、音楽を部屋に座らせた。
シングル盤は、音楽を街に走らせた。

もちろん、これは少し大げさな言い方である。
でも、規格というものは、ただの仕様ではない。
その後の聴き方を方向づける。

もしLPがなければ、アルバムという作品単位の発展は違った形になっていたかもしれない。
もし45回転シングルがなければ、ロックンロールやポップスのヒット文化も違う姿になっていたかもしれない。

規格は、文化の水路を作る。

そこを、音楽が流れていく。

規格の違いを、聴き手の不便にしなかった人たち

コロンビアとRCAは、異なる規格を打ち出した。

33回転のLP。
45回転のシングル盤。

普通に考えると、これはやや悩ましい話である。
どちらが主流になるのか。
どちらのプレーヤーを買えばいいのか。
レコード店はどう並べればいいのか。
聴き手はどう選べばいいのか。

しかし、歴史は片方だけを完全に選んだわけではなかった。

33回転と45回転は、共存していく。

その共存を支えたのが、レコードプレーヤーである。

やがて家庭用のプレーヤーは、複数の回転数に対応するようになった。
33回転、45回転、ときには78回転。
切替スイッチひとつで、違う規格のレコードを鳴らせるようになっていった。

これは、かなり大きなことだったと思う。

企業が別々の規格を出した。
音楽の用途も違っていた。
LPは長く聴くための器であり、シングル盤は1曲を軽やかに届けるための器だった。

その違いを、レコードプレーヤーが家庭の中で受け止めた。

つまり、規格の違いは、聴き手の不便で終わらなかった。
ハードウェアが柔軟になったことで、聴き手の楽しみになった。

棚にはLPがある。
横にはドーナツ盤がある。
プレーヤーのスイッチを切り替える。
ゆっくり33回転でアルバムを聴く。
次に45回転でシングルを鳴らす。

この気軽さの裏には、ハード屋さんの頑張りがあったのだと思う。

規格の違いを、暮らしの不便にしない。
メーカーごとの都合を、家庭の中ではひとつの体験にまとめる。
レコードプレーヤーは、ただ盤を回す機械ではなく、異なる音楽時間をつなぐ翻訳機でもあった。

レコード屋さんも、もうひとりのプレーヤーだった

プレーヤーという言葉は、レコードプレーヤーだけを指すわけではない。

レコード屋さんも、重要なプレーヤーだったと思う。

LPをどの棚に置くか。
シングル盤をどう並べるか。
輸入盤と国内盤をどう分けるか。
ジャンルで分けるのか、アーティストで分けるのか、レーベルで分けるのか。
新譜と中古をどう見せるのか。

規格が増えれば、売り場も複雑になる。

でも、その複雑さを楽しみに変えてきたのがレコード店だった。
大きなLPジャケットが並ぶ棚。
小さなシングル盤がぎっしり入った箱。
ドーナツ盤をぱたぱたとめくる感触。
探していた曲が、思いがけない場所から出てくる瞬間。

レコード店は、規格の違いを整理する場所であると同時に、偶然の出会いを残してくれる場所でもあった。

ハード屋さんが回転数を受け止めたなら、レコード屋さんは音楽の量と種類を受け止めた。

どちらも、音楽文化の大事なプレーヤーだった。

日本の「ドーナツ盤」事情

日本では、7インチ盤といえばドーナツ盤という印象が強い。

ただ、厳密に言えば、7インチすべてが大きな穴だったわけではない。
手元のメモにもあるように、日本では7インチで33回転のものや、LPと同じ小さなセンターホールのものもあった。

だから「7インチ=ドーナツ盤」と言い切ると、少し危ない。

ドーナツ盤という呼び名は、あくまで大きなセンターホールを持つシングル盤の見た目から来た日本的な呼称として扱うのがよさそうだ。

それでも、この呼び名はすばらしい。

大きな穴のある小さなレコード。
真ん中にアダプターをはめて、ターンテーブルに乗せる。
くるくる回る。
A面が鳴る。
B面が鳴る。

ドーナツ盤には、LPとは違う軽さがある。
1曲を買う楽しさ。
ジャケットの小さな世界。
ラジオから流れていたヒット曲を、自分の部屋に持ち帰る感じ。

LPが本なら、シングル盤は絵はがきかもしれない。
短いけれど、強く残る。
軽いけれど、手元に置きたくなる。

テープレコーダーとLP、ジャズ録音の幸運な出会い

LPの発展には、録音技術の進歩も関係している。

長時間再生できるレコードを作るには、当然ながら、長時間の録音を扱えるマスターが必要になる。
そこで重要になったのが、テープレコーダーである。

テープ録音によって、演奏をより長く、編集しやすい形で記録できるようになった。
それはLP制作にとって大きな意味を持った。

特にジャズとの相性は大きかったと思う。

ジャズは、短い時間に収まりきらないことがある。
テーマがあり、ソロがあり、掛け合いがあり、熱が高まり、演奏が伸びる。
3分で終わるジャズもあるが、3分では足りないジャズもある。

LPとテープレコーダーは、その時間を受け止めた。

手元のメモには、1954年2月に録音されたアート・ブレイキー『バードランドの夜 Vol.1』の名前がある。
ライヴの熱気、長い即興、クラブの空気。
そういうものを盤に刻むには、SP時代の短い再生時間では厳しかったはずである。

LPは、ジャズの時間を伸ばした。
あるいは、ジャズが持っていた時間を、ようやくレコードが受け止められるようになった。

これは、レコード男子としてはかなり大事なポイントである。

フォーマットが変わったから、音楽の表現も変わった。
音楽の表現が変わったから、聴き手の耳も変わった。

回転数は、音楽の身体だった

78回転。
33回転。
45回転。

この数字は、単なる速度ではない。

78回転は、短い時間に音を刻む時代の身体だった。
33回転LPは、長く聴くための身体だった。
45回転シングルは、1曲を軽やかに走らせる身体だった。

音楽は、いつも何かの身体を借りている。

円筒。
円盤。
SP。
LP。
シングル。
テープ。
CD。
配信。

その身体が変わるたびに、音楽のふるまいも変わる。

長くなる。
短くなる。
持ち運びやすくなる。
部屋に置かれる。
街で鳴る。
スマホに入る。
棚に戻る。

だから、レコードの規格史は、単なる技術史ではない。
音楽の生活史である。

プレーヤーたちが、違いを楽しみに変えた

いま僕らが多様なアナログレコードを気楽に楽しめているのは、規格がいくつも生まれたからだけではない。

その違いを、家庭の中で鳴らせるようにしてくれたレコードプレーヤーがあったからだ。

33回転も、45回転も、ときには78回転も。
切替スイッチの向こうで、ハードは黙って規格の通訳をしていた。

だからレコードプレーヤーは、音を出す機械であると同時に、音楽文化の仲裁役でもあったのだと思う。

そして、レコード屋さんもまた、規格の違いを売り場の楽しみに変えてくれた。
LPの棚。
シングル盤の箱。
中古盤の列。
ジャンル別の仕切り。
店主の癖。
知らない盤に出会う偶然。

規格が違うから、迷う。
迷うから、探す。
探すから、出会う。

そう考えると、不便だったはずの違いは、いつの間にかレコード文化の豊かさになっていた。

そして、いまレコードはまた回っている

CDが登場し、配信が広がり、レコードは一度、音楽メディアの中心から退いた。

けれど、消えなかった。

LPも、シングル盤も、ドーナツ盤も、中古棚の中で眠りながら、誰かに見つけられるのを待っていた。

そしていま、レコードはまた回っている。

若い世代にとっては、発掘された不思議なモノとして。
かつての世代にとっては、懐かしい音楽の身体として。
コレクターにとっては、探す楽しみとして。
レコード男子にとっては、針を落とす時間として。

回転数の違いは、ただの数字ではない。
穴の大きさも、ただの形ではない。

そこには、音楽の聴き方が刻まれている。

78回転の短い時間。
33回転の長い時間。
45回転の軽やかな時間。

レコードは、音を記録しただけではなかった。
時間の形も記録していた。

そして、その違いを、楽しみとして鳴らせるようにしてくれたプレーヤーたちがいた。

真ん中に穴が空いているのに、なぜか満ちている。

レコードとは、つくづく不思議なメディアである。


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