思想編集室|『All Star Festival』と『We Are The World』|音楽は、祈りを商品にできるのか、それとも連帯に変えられるのか
『All Star Festival』と『We Are The World』を並べてみる。
一枚は、世界の難民支援のために作られたレコード。もう一枚は、アフリカ飢餓救済のために、80年代のスーパースターたちが声を重ねたレコード。
どちらも、音楽がただ聴かれるものではなく、誰かを支えるための行動に変わろうとした記録である。
音楽は、祈りを商品にできるのか。
それとも、商品という形を取りながら、祈りを連帯に変えられるのか。
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『All Star Festival』と『We Are The World』を並べてみる。
一枚は、世界の難民支援のために作られたレコード。もう一枚は、アフリカ飢餓救済のために、80年代のスーパースターたちが集まったレコード。
時代は違う。
参加している歌手も違う。
音楽の空気も違う。
けれど、この二枚には同じ問いが刻まれている。
音楽は、誰かを助けることができるのか。
もう少し踏み込んで言えば、こうなる。
音楽は、祈りを商品にできるのか。
それとも、商品という形を取りながら、祈りを連帯に変えることができるのか。
レコードは商品である。
店に並び、値段がつき、買われ、所有される。
ジャケットがあり、盤があり、ラベルがあり、曲目がある。
それは文化であると同時に、流通する商品でもある。しかし、チャリティ・レコードは、その商品性を少しだけねじる。
買うことが、聴くこととは別の意味を持ちはじめる。
盤を買う。
音楽を聴く。
その代金の一部が、遠くの誰かを支える。
するとレコードは、ただの所有物ではなく、参加の証になる。
『All Star Festival』には、その構造がはっきりとある。
国連難民高等弁務官事務所、UNHCRの難民支援という目的。世界の歌手たちの参加。
そして、レコードを買う人への呼びかけ。
このレコードを聴く喜びが、世界のどこかで助けを必要としている人への支援につながる。
そういうメッセージが、ジャケットや解説の中に繰り返し現れる。
参加している顔ぶれも、実に幅広い。
ルイ・アームストロング。
ビング・クロスビー。
ドリス・デイ。
ナット・キング・コール。
エラ・フィッツジェラルド。
エディット・ピアフ。
ナナ・ムスクーリ。
モーリス・シュヴァリエ。
マヘリア・ジャクソン。
カテリーナ・ヴァレンテ。
ジャズ、ポピュラー、シャンソン、ゴスペル、スタンダード。
国もジャンルも越えて、声が集められている。
ここで大事なのは、このレコードが「世界の名歌手を集めた豪華盤」で終わっていないことだ。
豪華であることが、目的ではない。
豪華であることを、目的のために使っている。 スターの名前には力がある。
有名な歌声には、人を振り向かせる力がある。
その力を、難民支援という目的に向けて束ねる。
これは、音楽文化のひとつの転換点でもある。
芸術家が、自分の芸術を人道目的のために差し出す。レコード会社や業界が、その流通に協力する。
聴き手は、ただ聴く人ではなく、買うことで支援に参加する人になる。
音楽のまわりに、小さな社会的回路が作られている。
それから時代は進む。
1980年代になると、その回路はさらに巨大化する。
それが『We Are The World』である。
このレコードは、もはや単なるチャリティ盤ではなく、世界的なポップ・カルチャーの出来事になった。
マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが曲を書き、クインシー・ジョーンズがプロデュースし、アメリカのスターたちが同じスタジオに集まる。それ自体が、すでに神話のように語られる場面である。
歌手たちは順番にマイクの前に立つ。
それぞれの声が、短いフレーズの中で個性を発揮する。そして最後には、全員の声がひとつの合唱になる。
ここには、80年代ポップスの力学が凝縮されている。
テレビ。
ミュージックビデオ。
レコード産業。
スターシステム。
世界市場。
チャリティ。
善意。
メディア。
『All Star Festival』が、国際的な善意をレコードにまとめたものだとすれば、『We Are The World』は、ポップ・カルチャーが自分の拡散力を自覚した瞬間の記録である。
ここで、少し考えたくなる。
善意は、スターの輝きによって広がる。
しかし同時に、スターの輝きは、善意を商品にしてしまう危うさも持つ。
チャリティ・レコードは、いつもこの緊張の上にある。
人道支援のために作られた音楽であっても、それは市場を通る。
売れなければ資金は集まらない。
多くの人に届かなければ、目的は果たせない。
そのためには、有名人の顔が必要になる。
話題性が必要になる。
メディアが必要になる。
つまり、善意はしばしば商品として流通しなければ、人に届かない。
これは、きれいごとだけでは語れない問題である。
「音楽で世界を救う」という言葉は美しい。
だが、音楽だけで世界は救えない。
飢餓も、難民問題も、貧困も、政治も、経済も、環境も、そんなに単純ではない。
『We Are The World』の資料にも、支援は一時的な救済だけでなく、長期的な開発や地域社会への支援に向かわなければならないという意識がある。
つまり、歌えば終わりではない。
買えば終わりでもない。
その先に、資金の使い道、支援の仕組み、現地の現実がある。
それでも、人は歌う。
なぜか。
たぶん、歌うことが解決そのものではなくても、無関心を揺らすことはできるからだ。
誰かが遠くで苦しんでいる。
しかし、その苦しみは遠すぎると、日常の中で見えなくなる。
人は、自分の生活を生きるだけで精一杯になる。
世界の痛みは、情報として通り過ぎていく。
そこに音楽が入る。
歌は、情報を感情に変える。
数字を声に変える。
遠い出来事を、いったん自分の耳元へ運んでくる。
これが音楽の力なのだと思う。
ただし、その力は万能ではない。
むしろ、かなり限られている。
一曲聴いたからといって、世界の構造が変わるわけではない。レコードを一枚買ったからといって、すべての苦しみが消えるわけではない。それでも、その小さな行為が無意味だとは思わない。
『All Star Festival』の資料には、買う人に向けたメッセージがある。
このレコードを買うことで、支援の事業に参加できる。聴く喜びが、どこかの誰かへの人間的な温かさにつながる。『We Are The World』の資料には、さらに具体的な行動の呼びかけがある。
レコードや関連商品を買うこと。
寄付をすること。
イベントを企画すること。
学校や地域で活動すること。
メディアに働きかけること。
ここでは、聴き手は単なる消費者ではない。
あなたにもできることがある。
この言葉が、チャリティ・レコードの核心なのだと思う。
音楽は、人を完全に変えることはできないかもしれない。だが、人に「自分にも関係がある」と思わせることはできる。
その瞬間、消費は参加に変わる。
もちろん、ここには危うさもある。
善意が自己満足になることもある。
スターの美談だけが残り、支援の現場が見えなくなることもある。大きな合唱の中で、助けられる側の声がかき消されることもある。だからこそ、チャリティ・レコードを無邪気に称賛するだけでは足りない。
しかし、冷笑だけで片づけるのも違う。
「どうせ偽善だ」と言ってしまえば簡単である。
けれど、偽善という言葉は、ときどき人が何もしないことの免罪符になる。
完璧な善意などない。
完璧な支援もない。
完璧なチャリティもない。
それでも、何もしないよりは、誰かが声を出し、誰かが手を伸ばし、誰かがそれを受け取るほうがいい。
『All Star Festival』と『We Are The World』は、その不完全な善意の記録でもある。
一枚目は、国際社会の良心をレコードという形にした。
二枚目は、ポップ・スターたちの影響力を、世界規模の支援へ向けた。
そこには時代の違いがある。
メディアの違いがある。
音楽産業の違いがある。
でも、根底には同じ願いがある。
音楽を、誰かのために使えないだろうか。
ジャズの棚をいったん閉じ、ポップスへ向かおうとした時に、この二枚が出てきたのは面白い。
バリー・ハリスのソロピアノは、ひとりの音楽だった。ひとりが、自分の身体で受け継いだ音を語り直す音楽だった。
そこから、この二枚へ来る。
今度は、たくさんの声が集まる。
個人の表現が、合唱になる。
合唱が、支援の呼びかけになる。
呼びかけが、レコードという商品を通じて、聴き手の行動へつながる。
一人の音から、世界の声へ。
これは、ジャズからポップスへの橋渡しであると同時に、音楽の役割が広がっていく道筋でもある。
音楽は、祈りを商品にできるのか。
この問いへの答えは、簡単ではない。
しかし、こうは言える。
音楽は、商品になってしまうことで失うものがある。
同時に、商品になることで届く場所もある。
レコードは、祈りを盤に閉じ込める。
そして、その盤を人の手へ渡す。
買った人は、家に持ち帰り、針を落とす。
その時、遠い誰かのことを少しだけ思い出す。
それが十分かどうかはわからない。
でも、そこから始まることはある。
『All Star Festival』と『We Are The World』。
この二枚は、音楽が世界を救えると単純に言っているわけではない。むしろ、こう言っているように聴こえる。
音楽だけでは足りない。
けれど、音楽なしでは届かないものもある。
その不完全で、しかし確かな力を、レコードは今も静かに抱えている。
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