富裕層はすでに地球脱出を始めている。見捨てられた私たちが生産という病を捨て生き残るために結成すべき『エコロジー階級』
毎年のように記録的な猛暑や豪雨が襲い、ニュースでは「気候変動の危機」が叫ばれています。
誰もが「環境は大切だ」と頭では分かっています。
それなのに、社会のシステムは一向に変わらず、私たちの生活もまた、大量消費のサイクルから抜け出せずにいます。
なぜ、これほど危機が叫ばれているのに、世界は動かないのか?
今日紹介する、2022年に惜しまれつつ世を去ったフランス最高の知性ブルーノ・ラトゥールと、彼の思想を受け継ぐ若き社会学者ニコライ・シュルツによる共著『エコロジー階級の登場についての覚書』は、その根本的な原因を解き明かし、取るべき「次の一手」を指し示しています。
それは、「環境を守ろう」と優しく呼びかけることではなく、私たちが一つの「階級」として団結し、生存をかけた戦いに挑むことだと書かれています。
「生産」という名の病
著者たちが指摘する現代社会の最大の病巣、それは私たちが信じて疑わない生産(プロダクション)というシステムです。
資本主義であれ、かつての社会主義であれ、近代の社会はすべて「生産」を神様のように崇めてきました。
自然を単なる材料と見なし、工場で加工し、商品を増やし、経済を成長させること。
それが進歩であり、人間の幸福への唯一の道だと信じられてきました。
しかし、この生産のシステムは、今や破壊のシステムへと変貌してしまいました。
豊かさを生み出すはずの活動が、逆に私たちが生きるための土台である地球環境を食いつぶしているのです。
ラトゥールとシュルツは言います。生産に代わる新しい原理が必要だと。
彼らが提案するのが生成(ジェンダリング)という概念です。
少し耳慣れない言葉ですが、意味はシンプル。
それは、人間が人間として生きていくための「条件」を維持し、世話し、回復させるプロセスのことです。
例えば、農家が豊かな土壌を作るために時間をかけること。
親が子供を育てること。
傷ついた森を再生させること。
これらは、工場のラインで商品を大量生産するような効率性とは無縁ですが、生命にとっては最も不可欠な活動です。
社会の目標をもっとたくさん作ることから、この場所で生き続けられるようにすることへと、考えを根本から入れ替える。それがこの本が提案する第一の革命です。
富裕層はすでに「脱出」を始めている
なぜ、私たちが今すぐ団結しなければならないのか。
それは、世界のトップに立つ「グローバル・エリート」たちが、恐ろしい決断を下しているからです。
彼らは、一般の人々よりもはるかに早く、正確に、地球の限界を悟りました。
70億人全員が豊かな暮らしを続けることは、地球のキャパシティ的に不可能だと。
そこで彼らが選んだのは、問題を解決することではなく、自分たちだけが生き残るための脱出戦略です。
イーロン・マスクらが巨額を投じて火星移住計画を進めるのも、世界中の大富豪がニュージーランドの山奥に核シェルターのような別荘を建てているのも、単なる道楽ではありません。
彼らは、環境破壊の責任を取るつもりもなければ、私たちと運命を共にするつもりもないのです。
彼らは「ノアの方舟」を作り、私たち一般市民を壊れかけた地球に残して、自分たちだけ逃げようとしている――ラトゥールたちはこの現状を厳しく告発します。
取り残される私たちには、逃げ場がありません。
だからこそ、私たちは「この大地に縛り付けられた人々」として手を組み、勝手な逃走を図る彼らと戦わなければならないのです。
「エコロジー階級」という新しい旗
では、誰と手を組めばいいのでしょうか?
ここで登場するのが、書名にもなっている「エコロジー階級」という新しいアイデンティティです。
かつて世界を変えた「労働者階級」は、工場で働く人々という比較的似通った集団でした。
しかし、エコロジー階級は違います。メンバーは驚くほど多様です。
気候変動のデータを分析する科学者、異常気象に悩む農家や漁師、森を守る活動家、そして「子供たちの未来がないかもしれない」と不安を感じている都市の生活者たち。
職業も住む場所もバラバラな彼らを結びつけるのは、たった一つの共通の利益(利害)です。
それは「居住可能性を守りたい」という切実な願いです。
「自然が好きだから」という趣味の話ではありません。
「このままでは生きていけないから、生活の基盤を守る」という生存本能に基づいたつながりです。
著者たちは、「私たちはエコロジー階級なんだ」と自覚し、胸を張って政治の場に躍り出るよう呼びかけます。
「右派か左派か」という古い対立ではなく、「地球に根差して生きるか、それとも破滅へ向かうか」という新しい対立軸で、仲間を増やしていく必要があるのです。
不安を力に変える――シュルツの視点
この本が単なる理論書で終わらないのは、1990年生まれの若き社会学者ニコライ・シュルツの視点が盛り込まれているからです。
シュルツは、私たち若い世代や現代人が抱えるエコ不安や気候鬱といった心の痛みに寄り添います。
ニュースを見るたびに感じる無力感、美しい風景が失われていく悲しみ、暑すぎる夏に感じる身体的な不快感。
シュルツは、こうした大地の病とも呼べる個人的な苦しみこそが、実は私たちが大地と深くつながっている証拠なのだと説きます。
痛みを感じるということは、まだ手遅れではないということです。
かつて労働者たちが「労働の誇り」を胸に立ち上がったように、私たちは「大地を世話し、修復する者の誇り」を持つことができるはずです。
個人的な「不安」を、社会を変えるための「怒り」や「情熱」という政治的なエネルギーへと変換すること。
それこそが、エコロジー階級が力を持つための鍵となります。
日本でどう生きるか
エコロジー階級の登場についての覚書は、遠いヨーロッパの話ではありません。
自然災害が頻発し、地方の過疎化が進む日本こそ、この議論が最も切実に響く場所の一つです。
被災地を支援する動き、里山を手入れし直す活動、地元の農業を守ろうとする試み。
これらはバラバラに見えて、実はすべて「エコロジー階級」の活動です。
私たちはすでに、無意識のうちにこの階級の一員として動き出しているのかもしれません。
この本は、私たちにこう問いかけています。
「あなたは、破壊と脱出のシステムに加担し続けるのか? それとも、大地に踏みとどまり、生命を守るための戦列に加わるのか?」
2025年、この本を手に取ることは、単なる読書を超えて、私たちがこれからの時代をどう生き抜くかという決意表明になる。
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