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ただ生き延びるだけで本当にいいの?最悪の事態に怯える思考を吹き飛ばす哲学書『世界の終わりの後で』

南海トラフとか、首都直下地震とか、地球温暖化とか、スーパー台風とかって、結構最悪の事態をどう乗り切るか?みたいなことばっか、考えちゃいますよね。

ようは、もう世界の終わり、みたいになったときにどうやって生き延びるか!みたいな。

なんですけど、自然災害のときもそうだけど、ただ恐怖に怯え、生き延びようとするだけではいけない!!って叫んでる哲学者の本があるので、今日は、それを紹介したいと思います。

フランスの哲学者、ミカエル・フッセルの『世界の終わりの後で:黙示録的理性批判』っていう本。

どういう人が書いて、何が書いてあるのか、順を追って書いていきますね!


現代フランスを代表する哲学者、ミカエル・フッセルとは?

哲学者としては珍しく、現役で大学で教授をしている、ミカエル・フッセル。

1974年生まれなので、まだ52歳!

現在はフランスの最高峰エリート育成機関であるパリ理工科学校で、著名な思想家アラン・フィンケルクロートの後任として哲学教授を務めています。

彼は、カントを中心としたドイツ哲学や政治哲学を専門としながらも、象牙の塔に引きこもることなく、現代の政治や社会の問題に対して積極的に発言してきました。

彼の著作に通底しているのは、現代の行き過ぎた安全第一主義や、監視社会に対する強い危機感です。

病気やテロのリスクをゼロにするために、人々の自由や親密な人間関係が犠牲にされる状況を、彼は一貫して批判的な立場で本を書いてます。

世界の終わりは、未来の予言ではなくすでに終わったこと

この本に書いてあることだけど、一言でいうと、世界の終わりはこれから来るのではなく、過去にもう起こってしまったと考える、ってこと。

近代以前の昔の人々にとって、世界とは神様が創り上げた完璧な秩序(コスモス)でした。

人間はその自然や宇宙の一部であり、善悪の基準や生きる意味は、あらかじめ外部から与えられ、保証されていました。

しかし、16世紀から17世紀にかけての科学の発展などにより、そのような絶対的な意味や階層的な秩序はとっくに失われてしまいました。

フッセルによれば、この絶対的な正解や揺るぎない秩序が存在しない、偶然と不確実性に満ちた状態こそが、私たちが今生きている世界の終わりの後なのです。

彼は、世界がすでに終わっているという事実を嘆くのではなく、むしろあらかじめ決められた運命がないからこそ、自分たちで新しい可能性を作れるという前向きな出発点として捉え直します。

恐怖で人を動かす破局論の落とし穴

このままでは地球環境が破壊され人類は滅亡するから、あらゆる行動を制限してでも生き延びよう!みたいなことを破局論っていいます。

たとえばジャン=ピエール・デュピュイって人は、最悪の事態が確実に起こると信じることで、必死にそれを予防しよう!っていう哲学の本を書いたりしてる。

しかし、フッセルはこの考え方を黙示録的理性と呼び、厳しく批判します。

なぜなら、恐怖やパニックによって人々をコントロールしようとすると、私たちは本当はどんな社会を守りたいのかという、人間にとって最も大切な議論が後回しにされてしまうからです。

生き残ることだけが最優先の目標になると、民主主義的な話し合いは時間がかかって非効率だとみなされます。

その結果、強力な権力者や専門家にすべての決定権を委ねてしまったり、他人を自分を脅かすリスクとして監視し合ったりするような、息苦しい社会に陥ってしまう危険性を彼は指摘しています。

単なる命を守るか、人間らしい世界を創るか

ここで極めて重要になるのが、生物としての生命と、人間同士のつながりや社会である世界との違いです。

フッセルは、哲学者ハンナ・アーレントの思想を引き継ぎ、世界とは単なる地球環境のことではなく、人間同士が対話し、共に行動することで創り出される公共の空間のことだと定義しています。

この「生」と「世界」の対立は、奇しくも本書の日本語版が出版された2020年の、新型コロナウイルス流行下の状況を完璧に言い当てていました。

当時、私たちは感染を防ぐために、人と会うのをやめよう(ソーシャル・ディスタンス)という対策をとりました。

これは医学的な生を守るためには正しい行動です。

しかし、命を最優先にするあまり、他人がウイルスをうつすかもしれない危険な存在に見え、人間同士の信頼や、自由に議論して交流する場所(=世界)が徹底的に壊れてしまう危険がありました。

フッセルが訴えるのは、ただ生物として生き延びる(延命する)ことだけを目的とするのではなく、人間が人間らしく共に生きるための世界を守り、不確実な状況下でも新たな可能性のための空間を創り出すことが何より大切だということです。

不確実な世界で希望をもつために

絶対的な正解がない不確実な世界は、たしかに不安なもの。

しかし見方を変えれば、未来は決まっていないからこそ、自分たちの手で別の良い世界を創り出せるという自由があるということでもあります。

フッセルはここで、カントの哲学から進歩という概念を引っぱり出します。

彼にとっての進歩とは、勝手に科学技術が発展して社会が良くなっていくみたいなお花畑のような楽観論ではありません。

そうではなく、人間はもっと違う良い世界を創り出す力を持っているのだ、と信じることで得られるのが進歩ってこと。

彼は、みんなこの不確実な世界を生きる市民であり、お互いに協力して新しい社会のあり方を立ち上げることができると書きました。

世界中が経済的・物理的につながっているからこそ、分断や相互不信を乗り越え、連帯して共通の政治的空間を創り出していく必要がある。

この本、どうせ暗い未来が来るから、とにかく我慢して生き延びようみたいな後ろ向きで考え方を吹き飛ばしてくれる一冊です。

ただ息を潜めて生存を長引かせるのではなく、他者とつながり、人間らしく生きられる世界をどう再構築していくか。

先行きが見えない不安な時代にこそ、読むべき一冊なんじゃないかな、と思いました!

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