企業の善意が民主主義を滅ぼす!GAFAも実践する「意識高い系資本主義」の巧妙な罠!カール・ローズ『ウォーク・キャピタリズム』
最近、多くの大企業が「社会のために良いことをしよう」と盛んにアピールしているのを目にしませんか?
環境問題への取り組み、人種差別への反対LGBTQ+の権利擁護など、これまで政治や社会運動が扱ってきたテーマに、企業が積極的に関わるようになりました。
この動きを「ウォーク・キャピタリズム(Woke Capitalism)」日本語で言うなら「『意識高い系』資本主義」と呼びます。
この流れを見て、「企業が社会を良くしようとしてくれるなんて、素晴らしいことだ」と思う人もいるでしょう。
しかし、シドニー工科大学のカール・ローズ教授は、著書『WOKE CAPITALISM』の中で、「その考えは甘い。それどころか、非常に危険だ」と、私たちに強烈な警告を発しています。
ローズ氏によれば、企業のこうした行動は、単なるイメージアップ戦略ではありません。
それは、民主主義そのものを内側から破壊しかねない、巧妙なワナなのです。
どいういうことかというと、企業はウォーク・ウォッシング(意識高い系を装うこと)、つまり社会に良いことをしているフリをするんです。
そうすることで、自分たちの儲けの仕組み(例えば、安い労働力や環境への負荷)から人々の目をそらさせ、批判をかわしているにすぎない、と彼は指摘します。
昔の企業は、お金(政治献金やロビー活動)を使って政治に影響を与えようとしてきました。
しかし「意識高い系」資本主義はもっと巧妙です。
彼らは、文化や道徳といった、本来は私たち市民が民主的な話し合いで決めるべき領域にまで踏み込み「何が正しいことか」を企業が決めてしまおうとしているのです。
なぜ企業はそんなことをするのでしょうか?
それは、広がる経済格差などによって、資本主義そのものへの信頼が揺らいでいるからです。
企業は、自分たちが引き起こした問題への批判をかわすため「私たちは社会の味方ですよ」という「善人の仮面」をかぶる必要があったのです。
著者と、その「本当の言いたいこと」
ローズ氏は現在、シドニー工科大学で組織論を教える著名な教授ですが、大学の世界に入る前は、ボストン・コンサルティング・グループやシティバンクといった超一流企業で、コンサルタントや管理職として働いていました。
つまり彼は、企業の戦略や本音を「中の人」として知り尽くした上で、その行動を学問的に分析できる、数少ない人物なのです。
そんなローズ氏が本書で一番言いたいことは、これです。
『意識高い系』資本主義は、企業が大衆の人気取り(ポピュリズム)をするようなもので、民主主義の土俵を乗っ取って、自分たちの力をさらに大きくするための戦略だ。
これは、企業が本心から社会を良くしようとしているのではなく、あくまで自分たちが儲けるための、言葉巧みなごまかしに過ぎない、というのです。
この主張は、よくある「意識高い系」批判とは少し違います。
彼は、企業が掲げる理念(例えば「多様性を大事にしよう」)そのものに反対しているわけではありません。
むしろ、個人的には賛成していることの方が多い。
彼が本当に問題にしているのは「誰が、どうやって」その理念を進めるか、という点です。
選挙で選ばれたわけでもない企業の社長が、その莫大なお金と影響力を使って、社会のルールや価値観を決めてしまうのは、おかしいのではないか?
それは、国民が主役であるはずの民主主義のルールを根本から覆す行為ではないか?
これがローズ氏の最大の懸念です。
企業が「道徳の先生」になってしまうと、私たち市民は、企業が作った「正しさ」をただ受け入れるだけの「消費者」になってしまいます。
自分たちで考え、議論し、社会を作っていくという民主主義の大切な役割を、知らず知らずのうちに手放してしまうことになるのです。
ローズ氏が守ろうとしているのは、資本主義そのものではなく、この民主主義のプロセスなのです。
「意識高い系」資本主義のカラクリ
ローズ氏の議論を深く理解するために、まず「ウォーク(Woke)」という言葉がどう生まれ、どう利用されるようになったのか、そして、なぜこの仕組みが企業にとって「絶対に負けないゲーム」になっているのかを見ていきましょう。
合言葉から、おしゃれなスローガンへ
「Woke(ウォーク)」とは、もともとアフリカ系アメリカ人の間で使われていた言葉で、「人種差別のような社会の問題に“目覚めている”」という意味を持つ、真剣な合言葉でした。
特に2014年頃から活発になった「Black Lives Matter」運動で、警察の暴力に抗議する活動家たちが使ったことで、広く知られるようになりました。
しかし、この言葉はあっという間に、本来の意味を失っていきます。
メディアや企業が、自分たちの「進歩的なイメージ」をアピールするために、この言葉を使い始めたのです。
日本で言う「意識高い系」という言葉が、本当に意識が高い人だけでなく、時には中身が伴わないのに格好つけている人を揶揄する響きを持つように、「ウォーク」もまた、企業によって政治的な鋭さを抜かれ、耳障りの良い「おしゃれなスローガン」に変えられてしまったのです。
企業の「社会貢献」はどう変わったか?
ローズ氏によれば、「意識高い系」資本主義は、突然現れたものではありません。
それは、1950年代の「企業の社会的責任(CSR)」から続く、長い歴史の最先端にある現象です。
昔のCSRは、例えば「地域の清掃活動に参加する」といった、どちらかと言えばボランティア的な活動でした。
しかし、時代が進むにつれ、企業はもっと政治的な役割を担うべきだという考え(政治的CSR)が出てきました。
ローズ氏は、この考え方自体が「民主主義の終わり」の始まりだと批判しています。
そして「意識高い系」資本主義は、その最終形態です。
もはや政治に「影響を与える」だけでなく、企業自らが政治家のように振る舞い、社会のルールを直接作ろうとしているのです。
社会が分断されるほど企業が儲かる「無敵のシステム」
本書が解き明かす最も衝撃的な分析は、「意識高い系」資本主義が、社会の対立を煽れば煽るほど、企業が儲かるようにできている、という逆説的な仕組みです。
これは、企業にとってまさに「必勝」の戦略であり、その巧妙なカラクリは以下のようになっています。
「意識高い系」資本主義の必勝サイクル
【ステップ1】企業が「良いこと」をアピール
【ステップ2】リベラルな人々の反応
【ステップ3】保守的な人々の反応
【ステップ4】政治への影響
【ステップ5】企業への見返り
この仕組みを見れば、「意識高い系」資本主義が、単なる偽善ではなく、極めて計算高い利益最大化戦略であることが分かります。
企業は、社会の対立を利用して、どちらに転んでも自分たちが儲かる「絶対に負けないゲーム」をしているのです。
このサイクルが続く限り、社会の溝は深まる一方です。
見せかけの正義
ローズ氏の理論は、具体的な企業の事例を見ることで、よりリアルに理解できます。
ここでは、彼が挙げるいくつかのケースを見ていきましょう。
ナイキとキャパニック選手
最も有名な例が、人種差別に抗議するために試合前の国歌斉唱で膝をついたアメフト選手、コリン・キャパニックを広告に起用したナイキのケースです。
この広告は、ナイキが勇敢に正義を支持しているように見えました。
しかしローズ氏は、ナイキが裏では発展途上国の工場で労働者を搾取してきた歴史を忘れてはならない、と指摘します。
そして、このキャンペーンの結果、ナイキの会社の価値はなんと60億ドル(約9000億円)も上がったのです。
これは、真剣な社会運動が、いかに企業によって金儲けの道具(商品)にされてしまうかを示す、典型的な例です。
アマゾンとベゾス氏
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が、気候変動対策のために100億ドル(約1.5兆円)を寄付すると約束したことも、ローズ氏の分析対象です。
一見、素晴らしい行為に見えますが、これはアマゾンが普段から行っている巧妙な「税金逃れ」や、倉庫での過酷な労働環境といった悪い評判から、世間の目をそらすための「煙幕」だとローズ氏は言います。
派手な慈善活動は、企業が本来果たすべき納税という義務を怠っているという不都合な真実を隠すための、非常に効果的なPR戦略なのです。
ブラックロックとラリー・フィンク氏
世界最大のお金の管理人(資産運用会社)であるブラックロックが進める「ESG投資」(環境・社会・企業統治を重視する投資)も、ローズ氏の批判の対象です。
彼はこれを、選挙で選ばれたわけでもない一企業が、その巨大な力を使って世界中の会社に自分たちのルールを押し付ける、民主主義の「乗っ取り」だと断じます。
ジレットとディズニー
カミソリのジレットが「有害な男らしさ」をテーマにした広告を出したり、ディズニーがフロリダ州の同性愛に関する教育を制限する法律に反対したりしたことは、企業がわざと社会が真っ二つに割れるような問題に飛び込んでいる例です。
これらは、前述した「必勝サイクル」の完璧な実例です。
リベラルな人々からの支持を集めると同時に、保守的な人々の猛反発を招き、その反発が結果的に企業に有利な政治家を助けることになるのです。
これらの例から見えてくるのは、企業のしたたかな戦略です。
彼らが取り上げるのは、多様性やアイデンティティといった、お金持ちの消費者にウケが良く、見た目に分かりやすい文化的なテーマばかり。
その一方で、労働組合の権利や、富の再分配、法人税の引き上げといった、資本主義の根幹に関わる、自分たちにとって都合の悪い問題は決して口にしません。
つまり、企業は「文化的な問題は解決しますよ(でも、経済の仕組みは変えません)」というメッセージを送ることで、社会の不満を自分たちに都合の良い方向へ誘導しているのです。
これは、社会の不満をガス抜きするための「安全弁」であり、結果として、不平等の根本原因である経済システムを守るための、最も洗練された自己防衛術なのです。
日本の場合は?
ローズ氏が描く「意識高い系」資本主義は、日本の私たちにとって他人事なのでしょうか?
アメリカとは少し形が違いますが、その本質は日本にも存在します。
書評家の内田樹氏が指摘するように、アメリカのように企業が社会の対立をあからさまに煽ってビジネスにするような現象は、日本ではまだあまり見られません。
日本の企業は、政治的な争いに巻き込まれることを嫌う傾向があります。
「SDGsウォッシュ」という日本の現実
ローズ氏が批判する「見せかけの道徳で評判を上げ、本質的な問題から目をそらす」という手口は、日本にも「SDGsウォッシュ」という名前で存在しています。
SDGsとは国連が掲げる「持続可能な開発目標」のことですが、これを企業が見せかけだけに利用しているのです。
アメリカと日本の違いを例えるなら、こう言えるかもしれません。
アメリカの企業は、社会の「対立」を燃料にして儲ける「ケンカ商法」。
一方、日本の企業は、国連などが推進する世界的な「合意」のフリをして悪いことを隠す「みんな仲良しカモフラージュ」です。
日本の企業は、社会の和を重んじる文化の中で、あからさまな対立を避けます。そこで、国連という権威があり、誰も反対しにくい「SDGs」は、リスクを冒さずに「良い会社」のイメージを得るための、最高の道具になるのです。
やり方は違えど、目的は同じ。
見せかけのポーズで評判を上げ、自分たちのビジネスの根幹にある不都合な真実(環境破壊への加担や人権問題など)への批判をかわし、利益を守ること。これが本質です。
私たちが本当に「目覚める」べきこと
彼の分析は、企業の「良いこと」が、必ずしも社会にとって良いことではない、という衝撃的な事実を私たちに突きつけます。
最大の危険は、政治の世界(公)とビジネスの世界(私)の境界線が、意図的に壊されていることです。
企業の社長が政治家のように振る舞い始めると、社会のルールは「それは公正か?」ではなく、「それは儲かるか?」という基準だけで決められてしまいます。
そうなれば、私たち市民は国の主役ではなく、ただの「消費者」に成り下がってしまいます。
さらに、企業の絶え間ない「良いことアピール」とその裏にある偽善は、人々の心に「どうせ何をやっても無駄だ」という冷笑的な考え(シニシズム)を植え付けます。
あらゆる社会貢献が企業のPR活動に見えてしまい、本当に社会を良くしようとする活動さえ信じられなくなってしまうのです。
では、私たちはどうすればいいのでしょうか?
ローズ氏の答えはシンプルです。私たち自身が『意識高い系』資本主義のカラクリに目覚めることだ、と。
本当の社会変革は、企業のきれいな広告からは生まれません。
それは、格差を広げ、気候危機を見て見ぬふりしてきた今の社会の仕組みそのものを、根本から変えることからしか始まらないのです。
そのためには市民が、企業の言葉を鵜呑みにせず、その行動を厳しくチェックし、社会のルールを決めるのはあくまで民主主義のプロセスなのだと、再確認することが必要です。
「意識高い系」資本主義の時代に、巨大な企業権力に対抗する最も効果的な方法は、企業に「もっと社会貢献をしろ!」と要求することではないのかもしれません。
むしろ、政治的な口出しはするな。その代わり、企業として当たり前の義務(納税、法令遵守、従業員の尊重)をきちんと果たせ!と要求することではないでしょうか。
社会の進歩という大切な仕事を、企業の役員室に丸投げするのをやめ、その責任を、本来あるべき場所、つまり市民が主役である民主主義の舞台へと取り戻すこと。
それこそが、今、私たちに求められている本当の「目覚め」なのかもしれません。
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これからも毎日、本を紹介したいのですが、このnote、ずっと赤字状態です。もし本好きの方がいらしたら、チップを送っていただけると嬉しいです。