ジャレド・ダイアモンド『昨日までの世界』を読む!伝統社会の知恵から現代を問い直す
今日はピューリッツァー賞受賞作家の本を紹介!
ジャレド・ダイアモンドです。
彼の名を世界に知らしめたのは、地域間の富と権力の格差がなぜ生じたのかを環境要因から解き明かそうとした『銃・病原菌・鉄』や、過去の文明がなぜ崩壊に至ったのかを探求した『文明崩壊』といった本。
両方とも以前、解説記事を書きました。
生物学、地理学、歴史学、人類学といった多様な分野を横断し、人類史と社会に関する壮大な問いに取り組むことで知られています。
これらの作品は、マクロな視点から人類文明の軌跡を読み解く、そのスケールの大きな分析によって高く評価されてきました。
そんな彼のもうひとつの作品を今日は紹介!
『昨日までの世界 — 文明の源流と人類の未来』です。
この本、ダイアモンドのまったく新しい見方で面白いです!
なぜ特定の社会が支配的になったのか(『銃・病原菌・鉄』)、あるいはなぜ滅びたのか(『文明崩壊』)という問いから、こんどは伝統社会に埋め込まれたミクロレベルの社会的慣習や知恵へと焦点を移しています。
問いは、「なぜ西洋が『勝った』のか」ではなく、現代世界、特に西洋化された社会が、人類史の大半を占める期間において人々が生きてきた方法から、何を失い、何を学びうるのか、という点に向けられます。
ダイアモンド自身も、この本がこれまでの著作以上に個人的な思いが込められ、個々人の人生や選択といった関心事に直接関わる、より生活に身近なテーマを扱っていると述べています。
今回は何について書かれているのか
今回の本は、伝統的な小規模社会が、厳しい生活環境にもかかわらず、何千年もの時間をかけて、育児、紛争解決、老い、健康、リスク管理といった問題をどうやって解決してきたんだ・・ということが書いてあります。
逆に言えば、人類史のほんの一部に過ぎない現代の「WEIRD」(西洋的、教育水準が高く、工業化され、豊かで、民主的)社会は、これらの長期間にわたって試されてきた実践を吟味し、選択的に適用することで、大きな恩恵を受けることができるのでは?!ということですね。
この本は、私たちの「今日」そして「明日」に関連する洞察を、この「昨日まで」の世界から掘り起こすことを目指しています。
ダイアモンドの視点の変化
『銃・病原菌・鉄』が富や権力の格差といった大規模な歴史的「結果」の究極的な環境要因を探求したのに対し、『文明崩壊』はしばしば環境要因に根差す社会崩壊のメカニズムを分析しました。
しかし『昨日までの世界』では、異なる社会類型における日常生活の「あり方」そのものに分け入り、特定の慣習とその背景にある論理を比較検討します。
これは、歴史の大きな流れの中で「何が起こったのか」を説明することから、人類の多様な社会的実践のタペストリーから「何を学びうるか」を探求することへの移行を示しています。
人間の経験から引き出される、より実践的な洞察に重きを置いています。
「昨日まで」への窓
「伝統社会」とは何か?
ダイアモンドが用いる「伝統社会」という用語は、典型的には小規模(集団、部族)で、国家を持たず、狩猟採集や自給自足的な小規模農耕に依存する社会を指します。
これらの社会は、顔の見える関係、親族関係の重要性、現代基準から見れば限定的な技術、そしてしばしば地理的な孤立によって特徴づけられます。
重要なのは、これらが何万年もの間、人類にとって標準的な社会形態であったという点で。
時間的スケールの視点
本書は、国家社会、農耕、産業化といったものがごく最近出現した現象であることを強調し、「昨日まで」の世界がいかに広大であったかを読者に認識させます。
現代の生活様式は歴史的な例外であり、その長期的な持続可能性は未だ証明されていない実験なのです。
ダイアモンドは、特にニューギニアでの広範なフィールドワークから得た事例を多用します。
ニューギニアは、比較的最近まで外部世界の影響を受けずに多様な伝統的生活様式を保持してきた地域であり、「昨日までの世界」を垣間見る窓を提供してくれます。
ロマン主義の回避
決定的に重要なのは、ダイアモンドが伝統社会をユートピアとして描いているわけではないという点です。
彼は、隣接集団に対する絶え間ない警戒(「見知らぬ者は敵と同義」)、高いレベルの暴力と戦争(ただし、その性質は近代戦争とは異なります)、嬰児殺し、そして不安定な生存基盤といった厳しい現実を明確に詳述しています。
本書の目的は、理想化ではなく、バランスの取れた比較を行うことにあります。
「自然実験」としての枠組み
ダイアモンドは、多様な伝統社会を、人間社会の組織化における一種の「自然実験」として扱っています。
彼は、異なる伝統集団間の慣習を比較し、それらを現代のWEIRD社会と対比させます。
異なる環境的・社会的圧力の下で、しばしば比較的孤立して進化してきた社会を検証することで、彼は人間の潜在的可能性の範囲と、普遍的な課題(育児や紛争解決など)がどのように対処されてきたかの多様性を探求します。
この比較アプローチは、『銃・病原菌・鉄』のエピローグで示唆された方法論にも通じるものであり、特定の慣行の潜在的な適応的利点を特定することを可能にしますが、いかなる単一モデルの普遍性や優位性を主張するものではありません。
テーマと教訓
これいろいろ書いてあるので、ぜひ読んでみてほしいのですが、例えばこれ↓
C. 高齢者:尊重される知恵の担い手か、それとも重荷か?
多様な伝統的役割
高齢者はしばしば、その知識(生態学的、社会的、技術的)、経験、そして物語を伝える能力によって尊敬される。
彼らの蓄積された知恵は、特に稀に発生する危機(「フンギケンギ」の例)を乗り越える上で、集団の生存にとって決定的に重要となりえます。
しかし、遊動的な社会や資源が乏しい社会では、衰弱した高齢者は時に重荷と見なされ、見捨てられたり、殺されたりすることさえありました。
現代との対比
現代の産業社会において、高齢者の役割や価値がしばしば低下している状況について議論します。
急速な変化は経験の価値を低下させ、施設化は世代間の分離を生みます。
ダイアモンドは、現代の高齢者の扱いも、それ自体が「残酷」と見なされうると示唆しています。
潜在的な教訓
現代社会における世代間のつながりや知識伝達の喪失、そして高齢者をより有意義に社会に再統合することの潜在的な利点について考察します。日本のような高齢化社会についても
こういう風に対比して考えていて、すごく面白い!
過去のレンズを通して私たちの世界を振り返る
まとめると、この本は、広大な人類史(「昨日まで」)を鏡として用い、私たちの現在(「今日」)を検証し、前提を問い直し、代替的な生き方や社会組織の方法を検討するよう促すことにあります。
現代西洋的なやり方が唯一の、あるいは最善の方法であるという考えに挑戦します。
「良い人生」とは何か、そしてうまく機能する社会とは何かについて、めちゃくちゃ参考になる本だと思います。毎回言ってますが、必読です!
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これからも毎日、本を紹介したいのですが、このnote、ずっと赤字状態です。もし本好きの方がいらしたら、チップを送っていただけると嬉しいです。