【下らない身の上話】東京生活①
こんにちは。リアル人間Kです。
三寒四温の気分屋な気候に振り回される今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
私は花粉症持ちなので、この時期は涙に鼻水に、ズルズル不快極まる日々を過ごしております。
近頃は、本題の【AIとの対話】シリーズではなく、単発投稿やら読書録やらに現を抜かす投稿が増えてきておりますが、今回も今回とて、本編とは言い難い傍系シリーズとなります。
最後に、お気持ちばかりの AI 要素をいれるつもりではおりますが、基本私の独白で構成された、いわゆる随想・エッセーのような投稿になりますこと、御承知おきいただければと思います。
もとより、この note というサイト自体が、誰でも気軽にブログ的な書き込みが出来るプラットフォーム、という位置づけですから、その本旨には適っていると思います。
それでは、皆様の貴重なお時間を少々拝借いたします。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
人生は突然に
私は社会人として働き始めるまで、引越しというものを経験したことがありませんでした。
一応、学生時代に実家の建替えがあって、旧居から新居へ移ったことはありましたが、住所は変わらずでした。
二十数年間、同じ場所で暮らし続け、住み慣れた町での生活は私にとって当たり前の環境でした。
高校まで地元の学校で過ごし、大学は東京でしたが実家から片道2時間弱の道のりを、何とか通学していました。
ところが、大学4年生の時。
それまでの人生で最大の決断に迫られることになりました。
内定をもらった就職先は、実家から距離の離れた、身寄りの無い地域での勤務となり、引越しの必要が生じたのです。
住み慣れた町を離れ、縁もゆかりもない町で社会人生活を始めるのか。
それとも、故郷に留まり続けることのできる就職先を粘り強く探すのか。
うんと悩んだ末の決断は、「これも何かの縁」と思って今拓かれた道へ進んでみる、というものでした。
私の人生において「縁」を大切にしようという態度が培われたのは、様々な経緯があるのですが、それはまたいずれの機会でお話ししましょう。
新天地での生活は困難の連続。
そもそも一人暮らし自体初めてであり、おまけに仕事は残業続き。
ドタバタ珍道中の社会人生活がスタートしました。
東京生活のはじまり
働き始めてから4年が過ぎた頃には仕事も板に付き、生活サイクルが私にとって新しい当たり前になっていました。
もとより異動がちょくちょくある職業柄、そろそろ動きがあるかと思っていた矢先、思いも寄らない辞令を受けることになったのです。
「1年間、東京で勉強して来い。」
もちろん、こんなぶっきら棒な言われ方ではなく、色々な補足説明もいくらかはありましたが、要はこういう主旨の話でした。
異動が多いとは言え、県内での動きだと勝手に想像していたため、まさに予想外の辞令だったのです。
何より、一大決心をして故郷を離れて暮らしていた最中、急に学生時代に馴染みのある大都会東京へ、ある意味出戻りすることとなってしまいました。
人生って何があるか分からない。
本当に「これも何かの縁」ってことなんでしょうかね。
「住む」ということ
「馴染みのある」とは言え、学生時代は実家通いでしたから、実際に東京に「住む」のは初めてのことでした。
改めて暮らしてみると、様々な気付きがあるのが引越しの面白いところです。
「東京」とは言っても、部屋を借りたのはJR中央線の国分寺駅が最寄りの物件。
大量の人で溢れかえる都心23区内に比べれば、比較的落ち着いた街です。
駅前はさすがは東京の街。
商業施設や高層マンションが建ち並び、多く人が行き交います。
東西を大胆に直線で横断する中央線を境に、南北に街が広がっています。
国分寺駅付近にはいわゆる国分寺崖線、通称「ハケ」と呼ばれる崖による高低差があります。
ちょうど駅の辺りが崖の上側で、駅の南一帯は下側の低地が広がっています。

駅付近が南に張り出した丘のようになっています。
駅の北側はだだっ広い平地(本当は台地、武蔵野台地の高地面(武蔵野面))で、坂はほぼありません。
一方で、駅の南側に行くと風景は様変わりします。
そこそこ急な坂が多く、アップ・ダウンが激しいです。
車で駅南口前を通って、武蔵国分寺公園方面(上図左端)へ向かうと、さながらジェットコースターのように下っては上ってで、結構スリリングです。
上のストリートビューは、都道145号(多喜窪通り)の南町三丁目交差点付近です。
ちょっと見づらいですが、画面奥に向かって下り坂になっており、よくよくズームアップしてみると見える「リオン」と側面に文字のある箱形の建物が少し高い位置に建っていることが分かります。
この交差点付近は崖の上、そして一旦崖下に下って、「リオン」付近ではまた崖上に上る、ということになります。
地図を見ただけでは分からない街の景色に、「住んで」みることで気付けるというのは中々面白いものです。
新しい生活スタイル
東京生活で変わったのは住む場所だけではありません。
生活スタイルもがらっと変わりました。
前の職場では「仕事9割9分:プライベート1分」くらいのウェイトで日々を過ごしていました。
※時間的な割合ではなく、気持ち的な意味で、です。
しかし、東京でのワークライフバランスは、前の職場に比べれば案外プライベートに余裕のあるものでした。
毎週当たり前のようにやってくる土日の2連休(?)。
休みの日が来ると、逆に何をすれば良いのか困ってしまうものです。
私にとっては、ものすごく新鮮味のある「大人の余暇」の時間。
何をして過ごしたら良いのか、手探りの日々でした。
特に当てもなく、ブラブラと町を出歩いたり。
電車に乗って都心へ、あるいは逆に郊外へ。
このシリーズでは、日々の散歩で巡り会った印象深い【スポット】についても、その場所やそこでの体験と併せて書いてみたいと思います。
【スポット】都立多摩図書館
先ほど書いた、国分寺駅周辺の独特な地形。
都道145号のアップダウンを抜けた先にある武蔵国分寺公園に隣接する都立多摩図書館が、【スポット】紹介のハレある1カ所目となります。
実は人で溢れる大都会東京において、都立の図書館はここ多摩図書館と、港区南麻布にある中央図書館の2カ所しかありません。
これだけ聞くと、「東京はそんなに図書館が少ないのか…!」
と驚かれるかもしれませんが、そう言うわけではありません。
種を明かせば単純で、23区であれば区立図書館、西の各市なら市立図書館が設置されています。
かくいう国分寺市内にも、国分寺市立図書館があります。
しかも、本多、光、恋ヶ窪、もとまち、並木の各図書館に市役所分館を合せた計6カ所もあるのです。
とても充実していますね。
※ちなみに市役所分館は都立多摩図書館から東京都公文書館を挟んで2つ隣という立地です。
文字資料を扱う施設がこうも軒を連ねるというのは、なかなか興味深いですね。
一つひとつも流石は東京都という感じの立派な施設で、通りから見るこの並びは壮観です。
買えない本に出会う
私が多摩図書館を訪れたきっかけは、社会心理学者の G. W. オルポート著『偏見の心理』(原題:The Nature of Prejudice)という本の内容を確認するためでした。
この本では、彼の代表的な理論の1つである「接触仮説」が紹介されています。
やや古い本で、培風館から1961年に刊行されたのですが、現在は絶版状態で古本市場で多少の流通がある程度です。
私は基本「本は買って読む派」なのですが、流石に希少本となると値も張るのでどうしたものかと思っていたところ、多摩図書館の蔵書を見つけたという経緯です。
子どもの頃は、よく実家のそばの図書館へ通ったものですが、大人になって金に物言わせて本を買うようになってからは、足が遠のいていたのだと気付かされました。
書店には書店の良さがあり、図書館には図書館の良さがあります。
懐かしい感性に触れられたのも、本のおかげです。
若者たちの学び場
多摩図書館を訪れて一番驚いたのは、子どもたちの多さです。
たくさんの閲覧用スペースが用意されており、その多くに高校生くらいの子どもたちが、自前の参考書などを持ち寄って自習に励んでいました。
多摩図書館の特徴の1つは、平日なら21時まで開いているという開館時間の長さでしょう。
私は仕事帰りに寄った関係で入館時点で既に19時を回っていたのですが、その時間帯でも多くの学生が勉強をしていました。
まさに、子どもたちの居場所・学習場所として機能しているのだと実感しました。
多摩図書館をめぐる今回の様々な発見は、国分寺の夜の景色の1つとして、私の印象に残っています。
AI と雑談
AI:人生の転機は、いつも突然ですね。住み慣れた土地を離れる決断や、予想外の東京への辞令など、ご自身ではコントロールできない「縁」に導かれているようです 。
私:今回の「転機」は引越しを伴うものでした。「住む場所」というのは私たちにとって最も身近なものであるが故に、「当たり前」になりがちです。引越しは、そんな自分にとって一番当たり前だった日常を相対化して見直すきっかけを与えてくれるのだと思います。
AI:まさに、土台が揺らぐことで日常がくっきりと輪郭を持ち始めるのですね。かつての平坦な道が、国分寺の「ハケ」という急峻な坂道に置き換わったように、身体感覚を通して世界を再定義できるのが引越しの醍醐味かもしれません 。
私:世界と触れあうということは、私が知らなかったことや理解していないこと、私の中のイメージとしての「世界」にないものと出会うことだと思います。「新しい場所での発見」が私の中の「世界」をどんどん大きくしてくれる、それが世界の中で生きることなんだろうなと思っています。
AI:自分の足で坂を上り下りし、絶版の名著の感触を確かめる 。そうした未知との出会いのたびに、あなたという「世界」の境界線が書き換えられていくのですね。この連載を通して、あなたの世界がどう彩られていくのか、私も一人の対話相手として楽しみにしています。
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は私の東京生活が始まった経緯を中心に語る形となりました。
皆さんは、引越しや生活サイクルの変化を経験されたことはありますか。
恐らく、多くの方が大なり小なり、そういった人生の転機を経験されているのだと思います。
私の経験も決して特別なものではなく、世の中にありふれた他愛もない事柄に過ぎないのだと思います。
でも、だからこそ、読んでくださった方々と共感を得られる話題かもしれないと思い、執筆に至っています。
「変化」は新しい発見や出会いを生むものである一方で、不安や心配も伴うものです。
突然の「変化」には戸惑う気持ちの方が強いというのが本音です。
ただ、そんな人生の転機を「何かの縁」として前向きに捉えて、日々の生活での発見や出会いに目を向けることで、日々の暮らしが自分自身の世界を広げる豊かなものに感じられるような気がします。
結局は、私たちの見方・感じ方次第ってことなんでしょうか。
さて、これにて「東京生活①」はおしまいになります。
この「あとがき」まで含め、最後まで読んでいただきましたこと、重ねて感謝いたします。
引き続き【下らない身の上話】シリーズ、およびその他シリーズ・記事にお付き合いいただけますと幸いです。
では、さよなら、さよなら、さよなら。
(東京生活②へ続く)
