見出し画像

ワクワクする瞬間

扇動する冬、白銀の確信 ― 2004年、ハタチの私が京都で見つけたもの

2004年。私は二十歳だった。 東京、西新宿。見上げれば都庁のツインタワーが、冬の突き刺さるような青空を背景に、傲慢なほど高くそびえ立っていた。


当時の私は、自分という存在に「限界」があるなんて微塵も思っていなかった。根拠なんてどこにもない。けれど、肩まで切りそろえた金髪のボブをなびかせ、白いダウンジャケットに身を包み、気合を入れた濃いめのメイクで武装した自分なら、この街のどこへだって行けるし、何だって成し遂げられると本気で信じていた。無謀で、無茶で、そしてひたすら自由だった。


東京の冬は、私が生まれ育った田舎とは違う冷たさを持っていた。ビル風は刃物のように鋭く、人混みの中でもどこか孤独を煽るような乾いた風だ。そんな一月の凍える夜、私は唐突に思い立った。 「旅に出よう」 行き先は京都。理由はなかった。ただ、漠然と「今の自分なら、一人で京都を征服できる」という、根拠のない全能感だけが背中を押した。計画と呼べるほどのものはなく、ただ京都という地名が頭に浮かんだだけ。それでも私は、ワクワクという名の衝動に身を任せ、チケットを予約した。


新宿のネオンを背に、夜行バスに乗り込む。エンジン音が低い唸りを上げ、バスが都心を離れるにつれ、車内には重苦しい沈黙が流れ始めた。 深夜、どこかのサービスエリアでの休憩。バスを降りると、そこには言葉通りの「真っ暗闇」が広がっていた。自販機の明かりだけが寒々しく浮き上がり、吐き出す息は真っ白だった。ふと、さっきまでの自信が、指先からこぼれ落ちていくのを感じた。


ジーパンのポケットに手を突っ込み、凍える肩をすくめる。(私、一人で何してるんだろう……) 暗闇の中を進むバスの振動に揺られながら、強固だったはずの自信が、少しずつ揺らぎ始めていた。都会の喧騒が恋しくなり、一人が急に「寂しさ」という色を帯びて迫ってくる。京都はまだ、遠かった。


早朝の京都駅は、静謐そのものだった。ホテルに荷物を預けたものの何をすればいいのかわからない。私は場違いなほど派手な格好のまま、四条河原へと向かった。 お腹が空いていた。目に入ったのは、格式の高そうな会席料理の店。金髪のボブに、白いダウン。二十歳の私が一人でその暖簾をくぐるのは、今思えば異様だったに違いない。


運ばれてくる料理は、どれも芸術品のように美しかったはずだ。しかし、正直に言って、私はその**「味」を全く覚えていない。** 緊張で喉が細くなり、箸を持つ手さえ強張っていた。器に触れる指先の感覚と、自分がそこに異分子として存在している落ち着かない心地だけが記憶に残っている。 そんな私に、女将さんは温かい声をかけてくれた。 「ゆっくりしていってね。おかわりは、いくらでもしていいからね」 その言葉に、背負っていた虚勢が解けていく。味はわからなかったけれど、その「温度」だけは確かに受け取っていた。


その夜、見つけた広いスーパー銭湯に足を運んだ。湯船に浸かりながら眺めた京都の夜景は、どこか優しく、穏やかだった。「明日は、本当の京都を見にいこう」と心に決めた。


翌朝、私はプロに頼ることにした。一台のタクシーを呼び止め、切り出した。 「中学の修学旅行で行った定番は避けて、まだ見たことがない場所へ連れて行ってほしいんです。予算はこれくらいで……」 料金を確認するのは、自分なりに責任を持って旅をしたいという誠実さだった。運転手さんはガイド資格を持つベテランで、私の予算内で「鈴虫寺」と「三千院」という最高のコースを組んでくれた。


車中、運転手さんは私の姿を見て言った。 「お客さん……金髪で、お一人で、こんなに寒い冬。僕ら年配の人間は心配になってしまうんですよ。何か思い詰めているんじゃないかって」 (いや、もし本当にそっちの目的だったら、最初から東尋坊に行きますよ!) 心の中でずっこけたが、同時に気づいた。私の旅は、見ず知らずの大人たちの善意に見守られていたのだと。



三千院に到着したとき、そこには15センチもの雪が積もっていた。建物の中に入ると、歴史を湛えた和室が広がっていた。歩くたびに、古い建物特有の匂いと冷気が肌を刺す。 歴史的な建造物の長い廊下に立ち、外を眺めた。その瞬間、言いようのない感覚に襲われた。 目の前にある建物は、何百年も前からそこにある「過去」のものだ。けれど、庭に降り積もる雪は、たった今、空から舞い降りてきたばかりの「今」のものだった。 静寂の中で降り続く雪は、驚くほどリアルだった。過去と現在が、一枚の絵画のように重なり合っている。その絶景を前にして、私は自分が「今、ここに生きている」という事実を鮮明に突きつけられた。



あの冬、私は自分の力でワクワクの種をまき、絶景へと辿り着いた。無知で無謀だったけれど、あの一歩を踏み出したからこそ、一生モノの景色と、人の温かさに出会えた。 ワクワクする瞬間は、挑戦する力になる。知らない世界に怯えて関わることをやめてしまったら、心の中のワクワクは枯れてしまう。 2004年のあの寒い一月、雪の中で感じた高揚感を忘れたくない。どれだけ年齢を重ねても、未知なるものに瞳を輝かせ、「次はどこへ行こうか」と計画を立てる。そんな、いつまでもワクワクし続けられる自分でいたい。あの雪の廊下で見つけた「ワクワクする力」は、今も私の中で、温かな灯火として燃え続けている。

#わくわくする瞬間

いいなと思ったら応援しよう!