功徳は、誰かのために広がる——「11月度座談会拝読御書」 桟敷女房御返事を拝して🙏
一つの祈りが、すべての人を照らす
今月の拝読御書「桟敷女房御返事」。
私が御書の勉強で利用しているYouTube。
「もっと御書」さんが配信されている動画での
今回の座談会拝読御書での深掘りポイント。
「なぜ功徳が桟敷女房だけにとどまらず、無辺の衆生にも及ぶのか?」
——この問いかけに、深い意味を感じました。
大聖人は、『開目抄』にこう記されています。
「仏弟子は、必ず四恩を知って知恩・報恩をいたすべし。」
信心によって得る功徳とは、
自分一人の幸福にとどまるものではなく、
恩を受けたすべての命に届く“報恩の祈り”でもあるのですね。
苦難の中で広がる慈悲
この御書(開目抄)が書かれた当時、
大聖人は冬の佐渡で、着る物もなく、病にも悩まれながら筆をとっていました。
「ヨレヨレの状態」といわれるほどの極限の中で、
それでも大聖人は人々に希望の手紙を書き続けたのです
「単衣抄」でも勉強しましたが、
2月、3月の寒い時期…大聖人は裸同然で
生活をされていました。
食べ物にも事欠く状況です。
こんな状態で弟子へ励ましのお手紙を書かれる
大聖人のご境涯。
もう、ことば…になりません。
「正法誹謗の悪人のおかげで功徳が積める。」
悪を憎むのではなく、
その存在さえも信心を磨く“縁”として受け止める。
この発想は、まさに常識を超えた慈悲の姿です。
大聖人のご精神
「桟敷女房」の小さな供養が、
なぜ無辺の衆生に功徳として及ぶのか。
それは、大聖人がその“報恩の心”を、
一切の生命にまで広げられたからだと感じます。
最後の一文には、こう記されています。
「父母、祖父母、乃至無辺の衆生にもおよぼしてん。」
桟敷女房の真心が、大聖人を通して、
すべての命へと功徳を広げていく。
信心とは、“自他ともに光る”ことなのだと思います。
今日の祈り
私もまた、小さな一念を大切にして、
身近な人から順に、心を明るく照らしていきたい。
どんなに小さな祈りでも、きっとどこかで誰かを救っている。
今日も静かに、南無妙法蓮華経を唱えながら。
あとがき
ここまで読んでくださって、
どうもありがとうございました🙏
✨ 普通では考えられない“慈悲の力”
常識で言えば、誰かに助けを求めてもおかしくないほどの状況なのに、
大聖人は逆に**「自分を責めた人々すら救いたい」**と祈られています。
この“逆転の慈悲”こそが仏の境涯です。
ほんの少しでもよいから…
大聖人のご境涯に近づきたいです🙏
地区の座談会では、時間に限りがあるので、御書担当の方も、細かいご指導はできないと
思いますが教学は必要なので、これからも配信していきたいと思います🙏
未入会の方にも読まれる記事を書こうと
思います。スキマーク、コメント、お待ちしております(笑)
