無駄な努力にくだらないこと
無駄な努力をすることが意外と好きだったりする。小学生の頃はペン回しの練習に努力を惜しまず、練り消しを作ることに精を出した。
こんなふうに、くだらない努力に人生の半分を捧げたと言ってもいい。
頑張ってバケツいっぱいにカタツムリを捕まえた翌日、脱走したカタツムリが家中を這っていたのを見て集めるのを辞めた。
意味のある努力をしろ、と言われた。何クソと思い、真面目に無駄なことをした。真面目にやればくだらなさが消えると思ったが、今考えてもくだらなかった。だから、私は凡人なのだとも思う。
今までした無駄な努力を振り返ってみる。
習字を習っていたが、そんな細かいこと別にいいだろ、と言って習字の先生に反論した。何も上手くならなかった。
塾に行った。宿題をやらずに追い出された。点数は上がらず、怒られ損だった。
そんな感じなので、金をドブに捨てている、と怒られた。だから、辞めることにした。
高校生になった。さすがにこれではいかん、と思い、女子グループについていこうと、はしゃいでみた。案の定、卒業式前に嫌われてはぶかれた。卒業後、1人もいない友達に、やはり無駄な努力だったなと思う。
これだけ無駄なことをやっていれば、1つぐらいは自分の身を助けるものになればいいのに、何もなってない。シビアなものだ。
無駄な努力に適当な意味付けをして、価値あるものに昇華させたいが、それすらできなさそうだ。
だって、今日は寒くスーパーで買ったカット野菜のもやしが腐っていたし、赤ちゃんが夜泣きしたし、犬がトイレを失敗したから。
そうやってくだらない言い訳を並べて、無駄なことを並べて、くだらない人生を送っていくのだろうな。
明日は、寒波がきて寒くなるらしい。今週の土日は大学の共通テストがあるらしい。
意味のないことも自分の人生だから、無駄だったと思わず努力を全て受け止めてほしい。
