【怪談】ソロキャンプの夜、私のテントを「跨いでいった」巨大な影
これは、私がまだソロキャンプにのめり込んでいた頃、県境にある名前もない山の奥深くで体験した出来事です。
その日は完ぺきなキャンプ日和でした。
誰一人いない静かな森の中、お気に入りのテントを張り、焚き火の炎を眺めながら一人で酒を飲む。最高の夜になるはずでした。
【異変】静寂を破る、聞いたことのない鳴き声
異変が起きたのは、日付が変わった深夜2時頃のことです。
シュラフ(寝袋)に潜り込んでうとうとしていた私の耳に、森の奥から奇妙な音が聞こえてきました。
「……オォォ……ギチ、ギチギチッ……」
鹿の鳴き声でも、熊の唸り声でもありません。
古い吊り橋が揺れるような軋み音と、腹の底に響くような低い地鳴りが混ざった、生き物が出していいはずのない異常な音でした。
音は、確実に私のテントの方へ近づいてきていました。
「なんだ…?」
恐怖よりも好奇心と警戒心が勝り、私は懐中電灯を握りしめ、テントのジッパーをゆっくりと下ろして外に出ました。
【遭遇】見えない星空と、目の前の「大木」
外は完全な暗闇でした。
ついさっきまで見えていた満天の星空が、なぜか真っ黒な雲のようなものに覆い隠されています。
懐中電灯を点けようとした手が、ピタリと止まりました。
テントのすぐ右側、手を伸ばせば届く距離に、**直径2メートルはあろうかという「毛の生えた大木」**のようなものが立っていたからです。
獣の強烈な獣臭と、古い泥の匂いがむせ返るほど漂ってきました。
【絶望】頭上を覆う、途方もない質量
それが「木」ではないことに気づいた瞬間、全身の血の気が引きました。
恐る恐る視線を上へと向けると、その「毛の生えた大木」はずっと上空へと伸び、**空を覆い隠していた真っ黒な雲——巨大な生き物の「腹」**へと繋がっていたのです。
星空が見えなかったわけではありません。
四足歩行の規格外に巨大なバケモノが、ちょうど私のテントを「跨いでいる」真っ最中だったのです。
テントの左側にも、同じように巨大な脚が突き刺さっていました。
私は、その巨大な四本脚の下、つまりバケモノの腹の下にすっぽりと収まる形で立ち尽くしていました。
「……オォォ……ギチギチッ……」
頭上はるか高いところから、あの異常な鳴き声が降り注ぎ、空気がビリビリと震えました。
もし奴が少しでも足を滑らせて、私やテントを踏み潰したら。
もし奴が足元にいる私に気づいて、顔を下に向けてきたら。
声すら出せず、私は懐中電灯を強く握りしめたまま、ただ震えることしかできませんでした。
【結末】足音のない巨体
やがてバケモノは、その途方もない巨体に似合わない、全く足音を立てない静かな歩みで、ゆっくりと私のテントを跨ぎ越し、森のさらに奥へと消えていきました。
奴が通り過ぎた後には、まるで嵐が去ったような静寂と、生暖かい泥の匂いだけが残されていました。
私はその場にへたり込み、空が白み始めるまで一歩も動くことができませんでした。
夜明けと共に、テントや道具をすべてその場に投げ捨て、車に飛び乗って逃げ帰りました。
あの夜、私の頭上を通り過ぎていったアレが何だったのか、今でも分かりません。
ただ、山の中には、人間の常識や理解が絶対に及ばない「途方もなく巨大なモノ」が、確かに歩いているのです。
