春の散歩から浮かぶ思考 〜 家族・仕事・AIとの向き合い方
今日は愛犬と夕方の散歩に出かけました。桜がいろいろなところで咲き始め、散歩コースを変えてはこの春の景色を楽しんでいます。風の音や電車の音が聞こえる中、爽やかな空気を浴びながら、今感じていることを綴ってみたいと思います。
退職後の父と家族の変化
今日、頭の中で渦巻いていたのは父のことです。父は退職して約1年間、比較的自由な時間を過ごしていましたが、この4月から地元のシルバー人材のような団体に入り、草刈りや田んぼの手伝いなどをし始めました。
始めてからまだ10日ほどですが、すでに予想以上に忙しくなっています。勤務表にない休みの日も頼まれて出かけていき、お昼はきっちり家に帰ってきて食事を母に用意してもらい、肉体労働で疲れて早めに夕食を求める…。
退職前は穏やかだった家の雰囲気が、ピリピリとした緊張感に変わりつつあるように感じています。母もお昼に少し遅くなったら「12時過ぎているじゃないか」と父に怒られたと言っていました。
お金のためではない仕事と家族関係
父がこの仕事を始めたのは、お金が必要だからというわけではないと思います。時間を少し持て余していたので何かやることがあるのはいいかな、という感じで始めたのでしょう。でも、想定以上の仕事量を断ることができずに引き受けすぎてしまい、疲れが溜まって家族にそれが出てしまっているように見えます。
これを見ていて思うのは、仕事って本当に家庭の雰囲気を変えてしまうものなのだなということ。お金のために我慢して働くことが、人の余裕を奪い、周りにまで影響を与えてしまう...そんな風に考えてしまいます。
でも、この思いは父に投影している自分自身の気持ちなのかもしれません。実際、父とこの件について話していないので、父自身がどう感じているのかはわかりません。もしかしたら「まだ始めたばかりで慣れていないだけ」と思っているかもしれないし、「新しい学びがあるから実は楽しい」と思っているかもしれない。
自分に投影する気持ち
考えてみれば、私も最近少し忙しくしていました。毎日ではないにしても、以前より多くの時間を仕事に使っています。LPの作成やオンライン講座のリリース準備、インスタグラムの投稿など…。
結局、他人の生き方にモヤモヤするのは、自分自身に言いたいことがあるからかも。「大事なものを大事にしなきゃダメだよ」「断るべきときはちゃんと断らなきゃダメだよ」−これは父ではなく、私自身に向けた言葉なのかもしれません。
桜と家族の思い出
散歩の途中、姪っ子が生まれた年に植えたという桜の木を見に行きました。数日前はまだ蕾だった花が、今日は4〜5分咲きくらいになっていて、その成長の早さに驚きました。桜は見頃が本当に短いですね。咲き始めたと思ったら、あっという間に満開になり、それを逃すとすぐに散り始める…。
この桜のように、人生の大切な瞬間も見逃さないようにしたいと思います。父の今の状況も、きっとこれから調整されていくでしょう。あまり心配しすぎず、見守ることも大切かもしれません。
AIとの関わりと実体験のバランス
最近、ChatGPTを使ってみて、その能力の高さに驚いています。インスタグラムの投稿文を考えてもらったり、大量の情報を瞬時に要約してもらったり…。AIにできることとできないことが、実際に使ってみることでよくわかります。
例えば、私の愛犬の写真を送って「暖炉の前でくつろいでいるイラスト風にして」とお願いしたら、あっという間に素敵なイラストが出来上がりました。こういった体験を通じて、「AIに仕事を奪われる」という漠然とした不安より、AIが得意なことと人間にしかできないことの違いが見えてきます。
ただ、AIとの対話に夢中になりすぎて、目の前の現実を見失うこともあります。今日も散歩中このポッドキャストに集中するあまり、桜の美しさや風の心地よさを100%感じられていなかったことに気づきました。愛犬との触れ合いも少なくなっていたかもしれません。
リアルな体験とデジタルのバランス
これからは、自己表現や仕事の効率化のためのデジタルツールと、目の前の自然や大切な人々との触れ合いのバランスを大切にしていきたいと思います。今日はこのポッドキャストの後、パソコンから離れて、愛犬と本当の意味での「一緒の時間」を過ごすことにします。
結局、人生で大切なのは、目の前にある美しいものや愛する存在を感じる時間なのではないでしょうか。テクノロジーは私たちの生活を豊かにしてくれますが、それに振り回されず、本当の豊かさを見失わないようにしたいと思います。
家に着いたので、これからはリアルな時間を楽しみたいと思います。またいろいろとお話しできる日を楽しみにしています。
▼こちらの内容は、ポッドキャストでより具体的な話もしていますので、良かったらこちらも聞いてみてくださいね。
