自己紹介(もどき)
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ありがたいことに、数人の方から、「自己紹介」のページを用意しておいた方がいいよ、とのアドバイスを頂きました。それもそうかなと思ったので、自己紹介(もどき)を以下したためてみることにします。お暇な方(失礼!)はこのまま読み進めてくだされるなら幸いです。
小さい頃から、なぜかしらコトバというものにずうっと興味・関心を抱いてきました。個人的に思うのですが、一般に人が何かに興味をもつということに関しては、基本的に理屈は要らないのだと思っています。というよりも、理由づけは往々にして「後付け」であるものだし、結局は人智を超えた現象なのだとも思えるからです。
また、何かに興味をもち始めるきっかけというものが、例えばの話いわゆるミーハー的なものであったような場合に、そのことをこバカにして揶揄する人もどうやら世の中にはいるようなのですが、それもまたどうなのかなと個人的には思います。というのも、ある領域・分野がある人間にとって興味深いものであるか否かが判明するのは、なんだかんだ言ってもある程度その中に入ってみないことには分かりようがないからです。というわけで、初っ端がたまたまミーハー的な理由であったとしたって、それはそれで一向に構わない、と思うわけです。
さて上で、何かに興味をもつということに関しては一般に理屈を超えている、と述べました。とは言いつつもしかし、自分自身がコトバなるものに興味関心を抱き始めたのには、やはり思い当たるフシがいくつかあります。
まず、父が本業とは別に童謡を創る詩人でした。家を個人的な小さな小さな出版社とまで見做して「せせらぎ社」と名付けていたくらいです。自費出版で童謡集を何冊か出版していたほどです。そうした父の詩に興味をもって作曲をしてくださるというご奇特な方までいらっしゃいました。
また、母は当時としては非常に珍しい女性牧師でした。毎週末、夜遅くまで説教の原稿執筆に勤しんでいた姿が今でも目に焼き付いています。説教後は感想を求められることもよくありました。
(私自身は、いろいろと思うところがあって現在は個人的に教会からは遠ざかっています。天国にいる両親、ごめんなさい。笑)
このように、両親ともになんらかの形でコトバを相手にする人生を歩んでいたわけで、その影響が多かれ少なかれ自分にも及んでいたことは想像に難くありません。
さて、英語に関しては、私自身も当時の時代背景からしてご多分に漏れず、中学入学時が本格的な出会いの時期と言えます。しかし、個人的な特殊事情もいくつかありました。
まず、従姉妹が当時としては非常に珍しく国際結婚をしてカリフォルニア州サンディエゴに住んでいたのですが、あるとき、たまたま我が家に遠路はるばる遊びにきて、まずはご主人に到着の報告を国際電話で英語でしている姿を目の当たりにし、まるで非日常の光景を見る思いをしたのをいまでも鮮明に覚えています。
また、母が牧師をしていた関係で、また地元が観光地である関係で、「牧師会」と称する親睦の集いが地元のホテルで毎年泊まりがけで行われていました。牧師の中にはアメリカ人牧師もいて、その子どもたち(いわゆるバイリンガル)の世話を、大人が牧師会をしている間、比較的年長だった自分がするという「お役目」を幸か不幸か仰せつかっていました。
なにせ子ども同士ですから、ときには喧嘩にもなるわけです。そんなとき、日英チャンポンで、あるいは英語のみで早口で啖呵を切ってくる子どもたち相手に、こちらも負けじとなんとか応戦せざるをえない、という大変な状況に置かれたことは、今にして思うと、なかなか味わことのできない、とても鍛えられる実践の場を図らずも提供されたのだと思います。笑
さて、日本人牧師の中に、英語の達人がいらっしゃいました。その方は外国人信者にも広く門戸を開いていらしゃった方で、週報も毎週毎週日英対訳で綴っていました。通訳も達者な方で、子ども心にも羨望の目で拝見していたものです。とても気さくなお人柄で、心から尊敬する方でした。
因みに、その方に結婚式の礼拝の説教をしていただきました。
というようなわけで、中学入学時が本格的な英語との出会いではあったものの、それ以前に英語への素地はある程度できていたのではないかと思うわけです。
最後にもう一点だけ。
中学入学時に、(いまもあるかどうかわからないのですが)旺文社の『バラシリーズ』『中1英語』の参考書を親にねだって買ってもらいました。
この参考書は他の出版社のものとは少々毛色が変わっていて、参考書の初めの方にかなりのページ数を割いて〈発音解説〉がしてあったのです。
いまの便利な世の中と違って準拠の音声が付属しているわけでもなかったのですが、とにかく夢中になって読みましたね。そして、それを元に自分なりに工夫を重ねつつせっせせっせとノートを取り続け、小規模ながらも個人的な〈発音研究史〉が始まったわけです。この地道な作業は少しづつ少しづつ進化を遂げて大学時代まで続き、ノートの数は結果的に数十冊にもなりました。これは個人的な大切な宝物です。
以上、長々と綴ってまいりましたが、この辺りまでにしたいと思います。
最後まで読んでくださった方(もしいらっしゃったら 笑)ご清聴どうもありがとうございました。
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