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『Funtriguing English(楽しろい英語)』第4回

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『Funtriguing English(楽しろい英語)』



『Funtriguing English(楽しろい英語)』


今日はいよいよ第4回です。(今日も少し短めです)



さて今回から、語学学習・語学教育といった観点から見た場合の

  人間と AI との望ましい関係性は?

という(大)問題について、少しばかり考察なぞをしてみようかと思っています。


まず何はともあれ、以下の図式を暫定的な出発点として話を始めましょう。

人間と AI との望ましい関係性は?


図の意味するところの大筋は以下のとおりです(あくまで私見であり、一仮説):

⚪︎ 〈人間〉という存在は、
  精神的には、少なくとも一部個人的な〈(含専門知)//〉の側面で構成され、
  それが、身体的には、一部が〈行動〉という側面でアウトプットされて可視化され得る。

⚪︎ 〈AI〉という存在は、
  内的には、少なくとも〈(集合)〉という側面で構成され、
  外的には、〈演算(計算)/(演算結果の)表示〉という側面でアウトプットされて可視化され得る。

⚪︎ 〈人間〉と〈AI〉との間の望ましい関係性に関しては、個人的には、一言で述べるならば「付かず離れずの関係性」を佳しとしたい。即ち、
  これからの時代 AI を完全に無視することは得策ではなく、また現実的でもない。
  かといって全面的に依存していい関係にあるわけでもない。
  例えば、アウトプットの側面に関して言うなら、
    AI の〈演算/表示〉は、人間の〈行動〉に対して、あくまでも、
    〈示唆〉を与えるべきものであって、
    〈制御〉すべきものであってはいけないし、
    ましてや〈支配〉をする関係にあってはならない。



さて、話がかなり抽象的でどうもいまひとつピンとこない、とお感じの向きもおいでかもしれませんね。



そこで、次回以降は、英語や日本語のデータを基に、もう少し踏み込んだ形で具体的に論じてみたいと思います。



どうぞお愉しみに。




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