歌代ニーナのNENEに対する英語マウントが気に入らない
戦況は悪化している。
今、NENEにとってはたいへん不利な状況です。
ちゃんみなのパクりを告発したディス曲「OWARI」自体に、あろうことかパクりの嫌疑をかけられてしまいました。
歌代ニーナというアーティストが、「OWARI」は自身の未発表曲、「mood board」のコンセプトを丸ごと盗んで作られたものに違いない、と告発したのです。
曲調は全く似ていません。
しかし、mood boardという単語の一致だけではなく、”あんたのムードボード私でいっぱいじゃん”という曲のコンセプトまでが全く同じという、偶然の一致にしては、出来過ぎ感のあるお話しではあります。
歌代ニーナが黙ってない
アイデアの盗用の根拠として、NENEとニーナのメイクが同じ人物で、この人物が未発表の音源データをNENEに横流ししたようだ、というのがニーナ側の主張です。
彼女のインスタのストーリーには、これを裏付けるようなやり取りが掲載されていました。
見たところ、この人物は完全に黒だとは言いきれないのですが、そういう見方ができなくも無い、という程度の内容でした。
ただ、随分前からニーナのクリエイティブチームに参加しておられる古参スタッフのようでしたので、そういった重要人物をバッサリ斬り捨てるくらいの確証が、彼女にはあったのかもしれません。
そして、トドメとしてアップされたのが、NENEに対してのディス曲「mood:bored」。
mood board=ムードボードと、mood:bored=気分:退屈の違いにお気づきだろうか?
これが真実なのか、それともニーナの邪推に過ぎないのかは分かりません。
しかしどちらにせよ、NENEが放ったパクりディス曲自体にパクりの疑いがかかるという皮肉な展開で、ちゃんみなとのbeefなど霞んでしましました。
自己紹介だけでオーバーキルする人
彼女の来歴については、こちらのサイトに掲載されていたインタビューで詳しく知る事ができます。
以下に、彼女がラップと出会うまでの軌跡をまとめます。
・日独ハーフで、幼少期をニューヨークで過ごす。
・バレエがアイデンティティ形成の根源。
・教育熱心な母親と愛せない父との間で育ち、自然とお爺ちゃんっこに。
・祖父はジバンシィで働いていた。
・趣味は乗馬。
・コロンビア大学で美術史を専攻。
・米国でジャーナリズムも学ぶ。
・帰国後編集プロダクションにアシスタントとして入社。
・広告やクライアントへの媚びばかりで読者への誠意がまるでない業界に辟易し、自らインディペンデントマガジン『PETRICHOR(ペトリコール)』を刊行。
・プロデューサーの目に留まり、表現の一手段としてラップを勧められる。
俺にとっちゃあ、ニーナはまぶしすぎるんだ。世界が違うんだな・・・。
順調に成長した花輪くんやスネ夫のような、まるで漫画の設定みたいな華々しい経歴です。
冗談はさておき、”広告やクライアントへの媚びばかりで読者への誠意がまるでない業界に辟易”って、同じように腐った音楽業界に辟易して浄化を試みたNENEと、そのフィールドやアプローチの仕方は違えど、似たような志を持った二人が対立している現状が、なんとも悲しい。
ニーナウタシロがその後、ラッパーになる決意をした際のエピソードもまた強烈です。
・ラッパーにならないかと誘われた時も、「今の日本のラップはとくに聞かないし、たまに耳に入ってくるものには共感も憧れもしない」とそっけない態度を取り、それが逆に面白がられる。
・しかし、ラップでなら規制なく自由な表現ができそうだし、アーティストになれば楽曲やPVなどの作品において、スタイリストやライターと違って主導権を握れる、と思いデビューを決意。
・“バックグラウンドがない”なんていう反感も予想されるが、それに対しては「有無を言わせない本質があればいい」と気負いない。
さすがニーナ!俺たちにできない事を平然とやってのけるッ
そこにシビれる!憧れるゥ!
NENEとニーナの邂逅
先ほど引用させていただいたインタビュー記事が2018年のもので、当時24歳。
うそみたいだろ。まだ24歳だったんだぜ。あれで……。
ということは、歌代ニーナさんは2025年現在31歳で、NENEと同年齢ですね。
様々な形で自己表現を行なっているニーナは、自らを「ヒップホップアーティスト」と限定的に括られたくないかもしれませんが、この文章中では便宜上、そのようにカテゴライズさせてください。
同じヒップホップアーティストという肩書きを持つ二人ですが、その来歴やヒップホップとの向き合い方は対照的です。
少女時代、海外に憧れたNENEと、海外で生まれ育ったニーナ。
放任主義だった母親を持つNENEと、教育熱心だった母を持つニーナ。
高校を中退し15歳でクラブカルチャーに触れたNENEと、大学を出て起業もしたニーナ。
自分はヒップホップに救われたと公言しその文化に敬意を払うNENEと、有無を言わせない本質があればバックググラウンドなど関係ない、と言い切るニーナ。
同じ年に違う場所で産まれ、全く違う人生を歩んできた出会うはずのない二人の人生が、同じヒップホップアーティストとして、今ここで交錯する。
ポッと出のやつじゃなく
もっとスポット当たるべきラッパーがいるのに
「HAJIMARI」でこう歌っていたNENE。
その直後、敵意剥き出しで自分を刺しに現れた歌代ニーナこそ、「もっとスポットが当たるべきラッパー」だったという事実が皮肉めいていて、恐ろしささえ感じてしまいます。
決して良い形の邂逅ではありませんでしたが、何か非常に運命的で、ドラマチックな出会いだとは思いませんか?
この出会いには何か崇高な意味があるはずだ。
今はそう思いたい気持ちでいっぱいです。
神は永遠に幾何学する
歌代ニーナ、という名前がもう主役のそれなんですが、それにしても、なんの計算もせずにこのタイミングでこういった形で世に出るという事実に、率直に驚いています。
なんだか神がかっていますよね。
歌代ニーナの「mood board」が素晴らしい楽曲であることは確かですが、仮に今回のbeefが無かった世界線でリリースしても、今この状況ほど話題になることはなく、しばらくの間埋もれていたことでしょう。
過去作品も見ましたが、あれほど素晴らしい作品群が今まで埋もれていたわけですからね。
創作に一切の妥協を許さず、自らの責任で全てをコントロールすることを好む彼女が望むような形でないことは明らかですが、結果的には皮肉にもこのパクり騒動が強力なプロモーションとなり、広く一般に周知されることとなりました。
運も実力のうちとはよく言いますが、才能を持った者が人並み外れた努力をすれば、運さえも引き寄せられるようになるのでしょうか。
哲学者プラトンが、「神は永遠に幾何学する=イメージすることで宇宙を作り上げる」と言ったように、血の滲むような努力を惜しまず、常に完璧を追求し続ける姿勢と、それに裏付けられた絶対的な自信が、神を振り向かせたのかもしれません。
正直このbeef騒動すら、もしかしたら全て歌代ニーナが裏で計画したことなのではないか?と考えてしまうくらい、衝撃的な出現でした。
英語マウントは「ダメ。ゼッタイ。」
NENEがダンマリを決め込んでいますので、ラップはできませんが代わりに少しだけディスらせてください。
”あんた英語がなってないの気になっちゃってて仕方がない”
「mood:bored」のこの一節以降から、わざわざ分かりやすくビートチェンジまでして、英語で畳みかけるようなラップがはじまります。
え?英語がなってない?こっちはアメリカ育ちじゃないのにぃぃぃぃ?
そもそも「アメリカ育ちのわたしの英語の方が正しい発音なので」というのが前提で、だから、わたしがお手本を聴かせてあげるわね♡的な意味での、”あんたの英語がなってない”だと思いますが、そういうマウンティングは最高にダサいです。
そもそも正しい英語ってなんですか?ニーナ様がお話しになるであろうアメリカ英語以外は全て、気になっちゃって仕方がないんですか?
例えば同じ英語圏でも、イギリス英語とアメリカ英語、オーストラリアの英語ではアクセントが異なると思うのですが、正しい英語はどれかひとつだけなのでしょうか?
それとも、ネイティブじゃない人の英語は聞いてられないよwwwそれでカッコつけてるつもり?www、ってことですか?
英語圏以外の人が話す英語のイントネーションが、アメリカ英語のそれと完全に一緒ではないことが、そんなにも気になるんでしょうか?
母国語が英語以外の人が英語を話す場合、そりゃ頑張っても必ずそれぞれのお国訛りが入るでしょう。
それがその国固有の言語がある証であり、国ごとの文化や個性のひとつになるのだと思います。
私は日本人ですが、日本語をお話しになる外国の方のイントネーションが多少おかしくても、それを笑ったりはしません。
こういう、ちゃんと発音できないのに英語で歌っちゃっていいの?とかいうネイティブ至上主義者がいるから、日本人はますます英語を話すのが怖くなるんですよ。
まるで英語の授業中の中学生です。クラスメイト同志ではカタカナ英語で喋った方が無難で、ネイティブに近づけて話したりすると、お前なにカッコつけてんの?wwwって笑われちゃう風潮。
自分なりになんとかそれっぽくやろうと努力するのが、恥ずかしい事になってしまっている。完璧にできる人に変だよwwwって笑われてしまうから。
これで上達するわけないじゃないですか。
ニーナ様のおっしゃる正しい英語を、ネイティブ以外の人に話してもらわないと気になっちゃって仕方ないようでしたら、まずニーナ様のそういった態度を改めていただきたい。
この件でNENEをあざ笑ってる非ネイティブの方々、お前らも含めて笑われてますけど、大丈夫そ?
外国人が演歌を歌ったら変じゃない?という人
また、これはニーナの主張ではありませんが、”あんたの英語なってない”に乗っかる形で、「ヒップホップ文化をリスペクトしろというのであれば、まず英語くらいしっかり学習しないといけないのでは?」というコメントもありました。
全くナンセンスです。
例えるなら、関西弁をしゃべれないヤツは漫才へのリスペクトが足りないからやめちまえ、みたいな暴論に近いですね。
その考え方だと、そもそも英語以外でラップすること自体がおかしい、ということになりますよね。
もちろん、英語圏の方々に評価され、海外で賞をとる事を狙っているなら、そうした方がいいとは思います。
でも、文化に敬意を払うって、そういうところを極力本物に寄せるという意味では無いと、私は思います。
こういう話をすると必ず、例えば外国人が英語で演歌を歌っていて、時々変なイントネーションの日本語が入ってきたりしたらおかしいと思わない?などと言う人が現れます。
それは文化の内政干渉というか余計なお世話であって、日本では主流にならないかも知れませんが、その国で評価されていれば良くないですか?
あと、それを見た時に、「💢日本に対するリスペクトが足りないぞ❗ムキーッ‼️」って怒ります?私はむしろ、日本文化への強いリスペクトを感じますけどね。
その昔、今は亡き内田裕也氏の「ロックは英語で歌うべき」という主張に端を発した、日本語ロック論争というものがありました。
今度は日本語ヒップホップ論争でも始める気ですか?
これ今から50年も前の話ですよ?いい加減アップデートしたら?
シーザーを理解するために、シーザーである必要はないのですから。
日本人にしかできない英語がある
日本語の歌詞の中に英語が混じった時、カタカナ英語でもなくネイティブ発音でもなく、その中間の日本人だけが感じることができる”それっぽく歌う英語”のかっこよさってあるよね、みたいな話をお笑い芸人の永野さんがしてらっしゃいます。
日本のメジャーレーベルで、初めてヒップホップを取り入れた楽曲を作ったと言われる佐野元春の、歌唱における英語の発音についてのお話もあり、まさにこの”あんた英語がなってない”をテーマにしたお話ですので、是非こちらもご視聴ください。
集まるニーナへの賞賛とNENEへのヘイト
「OWARI」に端を発した一連の騒動の中、歌代ニーナが登場したとたん、どこを覗いても彼女を賞賛するコメントが溢れ出しました。
こんな逸材にどうして今まで気がつかなかったのか。教養があって所作も美しい。育ちがいい人は違う。才能とセンスの塊。
そして最も多かったのが、「今回の騒動の一番の収穫は、歌代ニーナを発見したこと」というコメントです。私も前回の記事でそのようなことを書いた気がします。
更には、NENEを下げつつニーナを上げるコメントも増えはじめました。
下品なものばかり見せられてヒップホップを嫌いになりかけていたけど、ニーナを見て綺麗なヒップホップもあるんだって分かった。肌の露出が多くても、ニーナには品がある。英語が喋れないNENEから「mood board」なんてアイデアが出るわけがない。
このbeefを特に誰にも肩入れせず、フラットな気持ちで見ているつもりでしたが、前回の記事を書いている途中から気がつきました。
やっぱり私は、どうしようもなくNENEが好きなんだと。
だから「mood:bored」は聴くのが辛かったです。もしニーナの言っていることが本当なら、NENEにこう言ってやりたい。
まじいかれてるぜ返してくれ 泣いてるぜ空が愛してくれ
初めて聴いたNENEの曲は、ゆるふわギャングの「Dippin' Shake」でした。
当時まだ20代前半のNENEは、Sophiee名義で活動していたと記憶しています。
Ryugo Ishidaとのカップルラッパー。
カラフルでPOPな映像とは裏腹に、儚くうつろで消え入りそうなビート。
この曲を初めて聴いた時、キリンジが好きだった私は、あぁこれは不良版の「エイリアンズ」だな、と思いました。
広い世界にふたりぼっち。
トゥルーロマンスのクラレンスとアラバマを彷彿とさせるような、純粋さと危うさが魅力でした。
処女みたいなピュアな心 見る世界はゴミの紙袋
下品で粗暴に見えるかもしれませんが、私が最初に彼女に持った印象は、ひどく純粋で繊細な人だな、というものでした。
ヒップホップに救われたと公言していて、リリックを書くこと、ラップすることが生きがいだと言っていた彼女が、人のコンセプトを丸パクリするなんて、私にはとても信じられない。
この騒動は、いずれどこか落ち着くところに落ち着くのでしょう。
たとえかっこ悪い最後になったとしても、騒動は自分で蒔いた種なんだし、なんとか不時着はしてもらって、墜落だけは避けてほしいと思います。
失望はしても、貴女を見捨てることはできないのです。
年始にRyugoが福岡のクラブでトラブルを起こして暴行を受けた事件以来、NENEの精神状態が不安定になっているような気がして、とても心配です。
このMVの中の二人の楽しそうなこと。
もうガキじゃないだろ!二人ともいい大人なんだからもっと落ち着いてしっかりしろよまったく・・・、と呆れながらも微笑ましく観ていました。
ほんの2年前のことが遠い昔のように感じられて、懐かしさすら覚えてしまいます。
この頃みたいに二人がまた、笑顔でじゃれ合っているところが見たいと切望する今日この頃です。
みんなで出よう有吉ゼミ!
歌代ニーナは才能の塊で努力家で、とにかく完璧主義なアーティストという印象。
トマス・ハリス原作で、マッツ・ミケルセン主演のドラマ版のハンニバルのような世界観をまとっている、稀有な存在。
全ての作品を見たわけではありませんが、本名で活動する前のThirteen13名義で出している、OMERTÀ “MOUTH” EPが特に素晴らしく、お気に入りになりました。
誰もが薄々気付いてはいても信じたくはないPOPスターの虚像と実像が、シニカルな目線で映像化されていると思います。
5年前の作品ということで、当時弱冠26歳。
それでこれほどの作品を作ってしまっているという事実にただただ驚嘆し、誰もが口を揃えて言うように、この逸材がなぜこれまで埋もれていたのかが理解できません。
どれも芸術点が非常に高く、気軽にTikTokで踊ったり、カラオケで歌えるような代物ではないので、商業的にはコレじゃないということなのでしょうか?
やはり、「スポンサーや客に媚びて好きなものが作れなくなるようじゃ、やる意味がない」という考え方自体は、NENEと共通していると思います。
元はと言えば、NENEがちゃんみなやSKY-HIにbeefを仕掛けたからこんなことになってしまったわけですが、それがなければ私は今も歌代ニーナの存在を知らずにいるわけで、なんとも複雑な心境です。
なんとか仲直りできないものでしょうか?
個人的には、NENE、ちゃんみな、HANA、SKY-HI、歌代ニーナ、それから郷ひろみで有吉ゼミの激辛企画に挑戦していただきたいと思います。
食するはもちろん、激辛ビーフカレーで。
あまりの辛さにアチチチーをユニゾンしてしまうNENEとHANA、汗でドロドロになったメイクを落としてすっぴんになるちゃんみな、意外なラップスキルに加え意外な激辛耐性も見せるSKY-HI、TVを見なそうなので企画意図が掴めていないのに、持ち前の負けず嫌いが功を奏して早々に完食する歌代ニーナ、そして、彼らは誰なのか?自分はなぜ呼ばれたのか?を最後まで理解できずに困惑している郷ひろみ。
阿鼻叫喚の中、あの企画特有である参加者同士の連帯感が生まれます。
そして見事全員クリアした暁には、皆抱き合って歓喜の渦に包まれ、ご褒美のシャーベットでも食べながらこのメンツを引き合わせたbeefの話を懐かしく語らう…そんな夢を見ました。
願わくば、それぞれのファンも含めた全員が幸福になる未来が訪れんことを!
Peace out.
