なまってうだう、うだっこだの・・・33 びんぼのしゃっこ、やさい篇1
狭ぇ村の近所に、魚屋と肉屋、仕出し屋が一緒になった店と、駄菓子屋、よろず屋、電気屋、パーマ屋、自転車屋さんはあったども、八百屋だげはねがたな。あるはずもねが、どごの家の敷地にも、広ぇ畑があって、売るほど野菜がおがってだがらね。わえで作ってなくても、隣あだりの家の人がだ持ってきて、勝手に裏口や小屋さ置いでったもんだ。わらしらは、甘ぇものは好きだども、野菜・山菜などの深ぇ味わいどが、まだわがねがら、大したうめもんだどは思ってもねがった。
今思えば、あの味っこ、もう一度食ってみでな、と思ったって、昔の野菜。味も香りも、びゃっこどころでねぐ、違うべな。作る人も、だんだんと少なぐなって、手に入らねがもしれねし。
おがって:生えて
わえ:我の家、自分の家、じぶんち
ばっきゃみそ
にんげぇにんげど
ままさかげ

ばっきゃの詩を書いだ。小学2年生がな。
その詩が書かれた黒板の前で撮られた、クラスの集合写真だ。
たぶん、うまれで始めて書いた詩だ。
右上のまん丸っこい、あんぱんみでな顔が、おらです。
この時に、びゃっこでも目覚めでれば、何が違った道、人生どがになったべがな、ならねな。たらればだな。
うだっこどが、やってみるに、ながながゆるぐねってわがってくるがら、そういう意味で、先見の明はあったってごどだべ。
雪の深ぇ郷だがら、それがあだりまえで毎年繰り返すごどだがら、わらしらあちこどはしてねぐ、ゆぎ振ったら振ったで、ゆぎでかまぐらやそりで遊んだり、ゆぎ食ったり、ゆぎ消したりしたべ。
寒さもゆるんで、びゃっこぬるぐなってくれば、根雪も解げできて、畑どが道がぬかるんで、どろどろじぐなってくるがら、やんかがったな。
雪はついでも、ほろげば取れるし、溶けでも水だがら、ふぐどが汚れねども、ゆき解けの泥水は、泥が服さつぐがら、あんべわるがった。
ぬがるんだ泥道になるめに、びゃっこ残った雪の間がら、ばっきゃ顔を出す。あー、まだ春来たべが、どが、ほじ無しのわらしでも思うわげしゃ。
あー、うめそなもの顔だしてきた、どがは思わね。えのめの畑どが、おみねみぢの道路脇さ、えっぺ出でくるがら、かがまって、いっしょけんめ採るなんてごどは、やらね。死ぬほど、生えでるがらしゃ。
ばっきゃ味噌、季節の印っこみでに作ったもんだべが。他に、食うもんが、あまりねがら、道端がら採ってきたっていうこどでもねべ。
毎日のように、何度も食ったどがっていうごどはでねし、生える時期も短けがった。
1,ばっきゃをさっと茹がいで、水ささらしてあぐをぬいで、荒ぐ刻む。
2,すり鉢さ入れで、砂糖、みりん、味噌入れで、ざっと擦って混ぜる。
3,鍋さ入れで火にかげで、混ぜる。
まだ、わらしの口だがら、「この苦みが、なんともいえねべな。」どが、思うわげもねぐ、ばっきゃの香りする、にんげぇ甘辛味噌をまんまさのせで食った。
ばっきゃは、ふきのうとうだ。「蕗」の「薹」。「蕗」の「とうだち」だがら、蕗の花の蕾(つぼみ)の部分っていうこどだ。おべだが?
ばっきゃも、蕗のような味だべ。親子だもの、あだりめだ。だども、ばっきゃの方が、苦みは強いな。人に取られねように、にんげぇ毒のふりして、自分を守ってるんだべがね。
ばっきゃの天ぷらは、天ぷら担当のおどが揚げだべな。わらしら、大した喜ぶわげでもねども。揚げたては、小芋のように、ほくほくしてるども、にんげぇ味だもんな。今でなば、うんめぇどが思えるども。
山菜の天ぷら盛り合わせどが、居酒屋で頼んで、行者にんにぐ、たらの芽どが、うんめぇ!どが思ったのは、大分年季が入ってがらだべ。
「人生のにんげぇ経験が、人のごど育でるのよ」どが、わがったような事、言いながら、にんげぇビールを飲む。頭、ふらふらして、気もおっきぐなって、調子えごど言いだぐなるがらな。
にんげーものが、うめぇど思えるのは、体験で学習するがらだってよ。
やっぱり、人生の甘酸辛苦を味わってがらだべ。
ゆるぐね:簡単ではない、難しい、辛い
あちこど:心配、しんぱいごと
かがまる:腰をおとす
しゃきしゃきと
くぢのなががら
ふぐもだぢ
訳:
深い雪もやっと解け
ふぐだぢのおひたしで食卓を鮮やかに彩ることができた
しゃきしゃきと、音も心地よくいただき、春の喜びを味わう
今年も我が家に福が立ちますように
(なんちゃって、だべ)
「いい日旅立ち」って、ええうだこあるどもな。
「ふくたち」、訛って「ふぐだち」。「福立ち」なぁ、ええ名めだな。
どういう野菜が、おぼろげなんだども、白菜のしゃきしゃきっとしたような「ふぐだぢ」って言う野菜、思い出した。
ふくたちは収穫期の3~4月の2ヶ月しか食べられね幻の野菜で、春先の秋田の伝統野菜だど。雪の深ぇどごの、野菜どがあまり獲れね村の春先の野菜。
白菜や菜っ葉などの野菜が雪の下で冬を越えで、春になって茎を伸ばしてきたものを「ふくたち」と言うらしい。青梗菜のふくたちもあるらしいから、おらが食わされたのは、何の「ふぐだぢ」だったんだべな。
これも、にらど同じように、油揚げどがど一緒に煮びたしにしたものだがもしれね。おひたしなば、ただの醤油味だども、煮びたしにすれば、砂糖やみりんがひゃって、甘辛ぐなるし、まんまのしゃっこにもなる。
「いい日、ふぐだぢ」。百恵さんの再来どがっていう俳優さんでできて、むがし思い出す。まんち、似てるっけ。
かわむいで
ほそこいひめたけ
もえぎいろ
訳:
新聞紙に一杯あった姫竹も
皮をむいたら、とてもほそく華奢な見た目になったよ
節は、目にも鮮やかな萌黄色だ
おらほで、たけのごって言えば、細っこい鉛筆みでた、姫竹(根曲がり竹)だった。雪も解けだ5~6月頃、山菜取りにいった近隣の父さん母さんがら、ぐるっと曲がれだ新聞紙でもらったもんだ。その姫竹の皮をむぐのが、わらしらの仕事だった。包丁どがで、縦に切れ目入れねば、びゃっこ難しっけ。先っぽの方なば、ほどんど皮だし、新聞紙さ、もらっとあったな、ど思っても、皮むいでしまえば、びゃっこしか残らねがった。
姫竹だども、竹ではなくて、チシマザサっていう笹の若芽だ。
よさぐ豆の味噌汁ど一緒で、椀こさもらっとよそってもらい、ポリポリ食った。わらしの口して、この姫竹の味噌汁のだしが、まんちうめくて、何か、鼻にツーンと抜けるような香りもしたな。
だいたい、山菜っていえば、あぐどが苦みあって、わらしらは苦手なもんだども、これなば、あぐも少なくてほんのり甘い香りもするんで、食べれだっけ。
上京してがらは、田舎がら缶詰送ってもらうごどあったった。もったいねがら、味噌汁でねぐ煮物にして食うども、豪快に、一度に全部、味噌汁に入れで食ったほうがえがもな。
姉さんの家、山もってるらしくて、その時期になれば、山菜取りにいくらしい。春先の恒例行事なんだべども、最近は熊の事件が多すぎて、あちこどだな。
よさぐまめ
歯でしごいては
すするしる
味噌汁は、びゃっこ苦手だったべ。だし取ったあどの焼き干しが最後にぬーっと面出すのど、味噌かすが残ったどごがやんかぐて。
そんただ味噌汁でも、今でも飲みでな、と思えるのがふたっつあって、
”よさぐ豆の味噌汁”と、”ひめたけの味噌汁”だ。
スナップえんどうみでだく、皮も豆も食べられるども、スナップえんどうみでたく、皮がそんなに厚くねく、豆もしっかりしてで、甘ぇ。
筋取らねで煮てるがら、椀がら、よさぐ豆の筋のどご持って、歯と歯の間にはさんで、筋をスーッと抜いで、柔らかい皮ど豆を口の中さ残して、しゃきしゃきした皮とほくほくした豆の両方を咀嚼して食う。
この豆、ただのえんどう豆ではねぐ、なんていう名めだったべがど、しばらぐ思い出せねぐって、しばらぐ喉さ小骨ひっかがってるような感じだった。
初夏に帰省して、田んぼの耕作お願いしてる人に、姉さんと挨拶に顔出したら、そごの父さんが帰りがけに「これ、びゃっこだども。」ってビニール袋さひゃった豆っこくれだ。「よさぐ豆だ。味噌汁なば、これでねばダメだべ、やっぱしな。」
「あ、よさぐ豆がぁ!」、口さは出さねがったども、小躍りした。
姉さんの実家さ帰って、早速、味噌汁こしゃでもらって飲んだった。
むがし食ったよさぐ豆よりは、びゃっこ小ぶりで、甘みもすぐねがったども、あの、”よさぐ豆の味噌汁”だったっけ。
よさぐって言えば、あばに感謝するごどがあって。
おらが生まれたどぎ、おどが名めを「もさぐ」どが「ごさぐ」どがにするっって言ったども、あばが「そんただ古くしぇ名め、やんか。」どがって、阻止してくれだらしんだ。あばの、おらへの最大級の功績だな。
いろんたいやな事があって、改名どが考えだども、そのごどが思い出されだんで、やっぱしやめだっけ。名めのせいではねしな。自業だ、ただの。
じゅんさいの
じぇんこさねまる
あばすまし
じぇんこ:宴の席、膳
ねまる:座る、腰掛ける、くつろぐ、やすむ
じゅんさい、高級品だったべな。瓶づめは等級のいいやづで小振りで、ちゃっこい芽のどご、ゼリー状の滑めりも強ぇし、みやげ売り場でよぐ見る。ビニール袋入りで端っこゴムでゆわえだものは、多少傘が開いでで、大振りで滑りも弱ぐ、等級の低いやづで、スーパーでよぐ見る。
ちゃっこくて、くるっと丸まった、周りさ透明のぷよぷよした滑りがついだジュンサイの入ったすまし汁は、冠婚葬祭の膳でしか食えながったな。
わらしの時分は、普通のまんまさ出でくるごどは、ほどんどねくて、村どが親戚のあらたまった席の、すまし汁どが、酢の物だったな。
冠婚葬祭の膳っていえば、萌黄色の鮮やかな色っこの着物で、パーマかげだあばの姿を思い出す。馬子にも衣装ってな感じで、どごがの品のいい母さんのような見た目でな。膳こさねまって、柔らけ表情で笑ってる。
むがしの母さんがたは、冠婚葬祭っていえば、あだまさパーマかげでな。
どんた小さい村でも、パーマ屋さん1~2軒ぐれ、あったべ。
あばは、リヤカー引いだり、パーマかけだり、なでかで忙しがったべ。
妹さ、その着物の写真ねが、って聞いだら、「病気してがら撮ったものだがも知れね。」って。
横手の病院、一時退院してだ時の、近所の家の嫁取りどがに行ったどぎの写真だったべな。そいえば、びゃっこ顔が痩せでらったな。
あさつゆの
とげに刺されで
きゅうりもぎ
えのめの畑さ、きゅうり、トマト、なす、なたまめ、コンフリー、にら、せり、なでかで生えでらった。植えでらっだ、が。
まだ、朝露残ってるうちに採りに行げば、きゅうりのいぼいぼ、茄子のガクのどごさ、とげとげあって、気ぃ付けねば、痛がったべ。まぁ、新鮮な証拠だべ。軍手どが、気の効いたものもねがたしな。素手だし、わらしの手、やわっこいがらな。
きゅうりは、スーパーさ売ってるような、まっすぐで、すべすべしたものなんてねくて、とぐろまいでだり、ひょうたんみでになってだり、いろんな形だった。しかも、とげだらけ。中の種っこも大きぐなって、メロンの中みでたく、水っぽいものもあって。味も、なんだが、渋いような、びゃっこ苦いような、いがにも青くさい、うりっぽい味だった。だども、漬物にしたとき、これが、ええ味っこするんだべ。
トマトは、お日様の、日なたの味で酸っぱがったがら、苦手だったな。今みだいに糖度の高ぇものどが、無がったがらな。まだ青いものも、畑がらもいできて、切って、醤油かげで、しゃっこにしてだ。熟す前のものもあって、ガリガリって齧ったりしてな。
茄子は、なすび型ではねぐ、楕円形や、丸っこいものが多かったな。
わえでは、作ってってねがたども、漬物にする、丸小茄子つうのがあって、これは、あまりおがらね内に、早めに採っちゃうものだど思うども、2~3cmぐれの大きさで、餅米どがで漬けだ小茄子漬けどがあった。
水張ったどんぶりさ、ぷかぷか浮いでるのを食べるんだども、齧ると、ぱっきん!って、音っこして、中がらうま味出てきて、塩気もあまり強ぐねがったがら、うめがったな。
なだ豆、つう、さやが鉈ぐらい大きい平べったいえんどう豆のおばげみでなやつがあって、この味噌漬けも、懐かしい味だ。
夏の漬物は、新鮮で瑞々しぐ、あっさりした味で、食べやすがったがら、えがったね。冬の漬物なば、つかり過ぎでるような味で、しょっぱがった。
・・・・・・・・・・・・・・
田舎の姉の家の裏庭(坪庭)に、笹の葉みでたもんを見つけだら、
なんと、「茗荷だよ。家では、誰も食わねよ。」って。
誰も食わねって、もったいねべよ!
「おがたら、おぐってけれ。植えてみでがら、苗っこおぐってけれ!」
どが、言ってだら、そのうちクール便が来た。二度も送られてきたども、茗荷好きの息子が、食い終わって、味をしめ、「もう、時期は終わったかな?」とか、物欲しそうに言ってくるので、姉にlineした。
「花っこ咲いてしまったんで、まだ来年な!」って、言ってだのに、第三便が届いた。
せっかくの、クール便、腐らすと申し訳ないので、速攻、塩漬け、つゆ漬けにする。
きゅうりも、うめ草以上に入っていたので、どうすべいか、と触っていたら、「ちくっ」と痛い。きゅうりの胴にあるいぼいぼが痛いのだ。
そいや、わらしの頃の実家の畑のきゅうりは、形ばらばらで、もぐときに痛くて、青くさくて、種もあって、みずみずしかった、とか思った。
今は昔、の野菜だが、どれも、土っぽく、お日様の味がし、癖が強く、食べにくかったもんだ。もう、食いたくても、なかなか食えなくなった野菜達だ。
野菜食いたいときに、野菜はなし。
へば、まんつ!
