昭和十八年「毎日新聞社」が英米蘭によるABCD包囲網を猛烈に痛烈に批判していた
昭和十八年毎日新聞社が英米蘭によるABCD包囲網を猛烈に痛烈に批判していた
昭和十八年(一九四三年) 六月一日
毎日新聞社から出版された大東亞戰爭 査會『米英挑戰の眞相』
米國が日露戰爭直後より今次開戰直前に至るまで、或ひは排斥、或ひは圧、果ては彈圧など、我が國に加へた辱と非禮とは、世界四千年の國交史に稀なるものであり、また英國が治維新後より日淸戰爭まで、ワシントン會議より今次開戰直前まで、我が國に對してとつた態度も、これまた米國と何れか烏の雌雄を知らんやので、たゞ米國の如き暗愚下劣なる露出症態度でなかつたといふに止まる。 去幾多の米英の對日外交振りを見れば、その容の暴慢なるは勿論、その態度や傲岸、その言辭や橫柄、なすところは惡辣非筆舌を以て形容しきものがあり、 みて、よくもわれの先輩はこれを堪して來たものだと、その自重の裏にむ萬斛の血 を、そゞろに偲ばざるを得ないである。
かかる米英の對日非禮史、 日史は他の分冊に讓つて、 には單に軍事上から、この對日 圍陣のもつ戰略 敵性を指摘するに止めよう。これほどの惡辣なる戰略は、 史上未だ嘗てなかつたと敢て斷言して憚らないのである。
彼等が我が國を軍事 に圍するに先立つて、我が國をまづ外交的に孤立無にしてしまはうと企圖したこと、この外交 圍にも滿足せず、更に我が國の窮乏、 を策して、我が國に對する 劣な經濟圧をつゞけ、我が國をして經濟 孤立に かんとしたことは、 に記したりである。彼等は日本民族の移民を完に排斥し、我が國製品の入や、彼等の日本への出品をば、彼等の本國と屬領とから、意の如く制限したのみならず、他民族の國からまでも日本排斥を策し、謀略を以てこれを實行せしめた。 ち我が國を完に〝はねのけもの〟にして貧乏人にしてしまはうといふ策で、この排日、日はつひに惡辣なる經濟圍、經濟封といふ目 のために手段をばざる結果を招來した。彼等の企圖したところは、我が國を丸裸體にし丸にした上で軍事 圍をして、我が國を袋叩きにしようとしたのである。なかんづく我が國への油の切斷こそ、その惡辣性の最なるものであつた。油を切斷して我が國の艦船、飛行機、機械化部 が動かなくなれば、我が國をに血ぬらずして武裝解除し、少くも我が國の軍備をして、日本國の油で維持し得る度にまで制限したのと同樣である。かうしておいて、我が國を袋叩きにして打ちのめさうとしたのである。
譬 へを以ていふならば、ギャングの親玉がその配下を語らつて、善良なる一人の少年を取卷いて袋叩きの氣勢を示しつつ、 辱、罵詈し、 題を吹きかけ、聽かねば打ちのめすぞといふへの勢、それがこの對日圍陣であつたのだ。
開戰 の圍陣は圍陣に非ずして攻圍陣であつたことはのりである。 凡 何れの國に於ても、自國防衞のため必 なる防備をなすのは當然のことであり、勿論仮想敵國との交戰の場合を十分に考慮のうちに入れるのも當然のことであるが、それは内容に於ても、外觀にも、守勢であるべき筈である。袋叩きへたる攻勢 圍陣を作つて挑戰し、相手をして起たざるを得ざらしめ、起てばこれを袋叩きにして打ちのめさうといふやうな戰略は、世界史上未だ見ざる惡辣なる戰略だと斷言することができる。(中略) かかる惡辣性の圍陣である。いはゞ挑戰そのものであつたのだ。起たざれば我が國は自滅するか、袋叩きにされて落命するか、であつたのだ。 蹶然、我が國がその自立自衞のために立つたのは、いはゞ當然の帰結であつたのだ。
