川登棚田群から阿蘇へ|その時ナビより自分を信じた夫でした(笑)
こんにちは、凸凹おばばです。
前回は、高千穂あまてらす鉄道のグランド・スーパーカートに乗った話を書きました。
高千穂橋梁の上で止まったり、シャボン玉が飛んだり。
思った以上に楽しくて、人気の理由がよく分かる体験でした。
▼前回の記事はこちら
そして記事の最後で、
そして次の目的地は
「ひなたのばあさん凸凹日記」の取材も兼ねて、
川登棚田群へ。
さて、どうなりますか(笑――
と書いて終わりました。
ところが、その後も書きたいことが次々出てきてしまい、気がつけばずいぶん日にちが経ってしまいました。
今回は、その続きです。
世界農業遺産・川登棚田群へ

川登棚田群は、世界農業遺産に認定されている棚田です。
立派な看板が立っているので、迷うことなく到着。
展望台へ上がると、目の前に棚田が一望できました。
山あいの限られた土地を切り開き、一枚一枚田んぼを作り上げてきた先人たち。
その景色を眺めながら、
「ようこんな場所で暮らしを築いてきたもんやねぇ」
と、夫と話しました。
機械も十分ではなかった時代。
知恵と努力の積み重ねが、この景色を作ったのでしょう。

遠くには、高千穂橋梁の上で停車しているアマテラス鉄道のトロッコ列車も見えました。
つい先ほどまで、あの橋の上にいたのに。
高千穂の雄大な景色を改めて感じる瞬間でした。
実は、この川登棚田群については、宮崎の魅力を発信しているブログ「ひなたのばあさん凸凹日記」でも詳しく紹介しています。
世界農業遺産に認定された背景や棚田の歴史、展望台から見える景色などをまとめていますので、興味のある方はぜひのぞいてみてください。
▼世界農業遺産・川登棚田群の記事はこちら
若者たちが夢中で撮っていたもの

しばらくすると、道路を挟んだ向かいの駐車場に県外ナンバーの車が次々と入ってきました。
降りてきたのは若い人たち。
しかも、みんな手にスマホを抱えています。
そして一斉にスマホを構え始めました。
「何か珍しいものでもおるっちゃろか?」
気になった私は、すぐさま向こうの駐車場へ(笑)
思い切って尋ねてみると、
「景色がいいので撮っています」
とのこと。
な~んだ。
棚田を撮っていたのか(笑)
私は親切心から、
「あそこに展望台がありますよ」
と教えてみました。
ところが反応は今ひとつ。
どうやら彼らには、彼らなりの撮影ポイントがあるようです。
同じ景色でも、人によって見たい場所が違うんですね。
夫の思い出が残る五ヶ所へ

棚田を後にすると、
「五ヶ所に行ってみたい」
と夫が言いました。
三十年ほど前に勤務していた地区です。
学校は二十年以上前に閉校しています。
それでも思い出の場所は特別なのでしょう。
車を止めては写真を撮り、
また少し進んでは写真を撮る。
校舎があった場所。
通った道。
見慣れた山並み。
夫の頭の中には、当時の景色が重なって見えているようでした。

この地区は、日本百名山・祖母山のふもと。
夫が山登りの面白さを知った場所でもあります。
今では休みのたびに山へ出かける夫ですが、その原点はここ五カ所にあったのです。
ナビより自分を信じた結果…
そして次の目的地は阿蘇。
目的はミヤマキリシマです。
ところが、ここから話が少しややこしくなります。
ナビが
「次を左方向です」
と案内すると、
夫は
「違う、こっちの方が近い」
と右へ。
またナビが案内すると、
「いや、こっちやろ」
と別の道へ。
私は助手席で画面を見ながら、
「なんか遠くなりよる気がするけど……」
と思うのですが、
運転手は、
勤務していた3年間自由に行き来していた道なので、
自信満々です。
九州山地の山道、
目印になるものは何もありません。
どこを見ても同じような緑の山。
そしてしばらく走ったあと、
夫がぽつり。
「なんか違うね」
ほら来た(笑)
結局、ずいぶん遠回りをして阿蘇へ向かうことになりました。
ナビを信じる私と、
ナビより自分を信じる夫。
長年連れ添ってきましたが、この構図はなかなか変わりません。
まあ、それも含めて夫婦旅の面白さなのかもしれませんね。
次回はいよいよ阿蘇のミヤマキリシマ
今回の旅の目的の一つだったミヤマキリシマ。
さて、キリシマは見頃だったのでしょうか。
その話は、また次回に。
