2)発語より書字が先だった
私に今の人生のきっかけを与えてくれた息子は、現在高校生。
ということは、私の療育経験もそれくらい経ったということだろうか。
今思えば、息子の診断が出るまでの間に、色々なシグナルは出ていた。
妊娠9か月の頃、医者に「頭囲がもう10cmですよ!」と言われ。
(自閉症は頭が大きい方が多い傾向がある)
出産の時に頭がつまり、看護師さんにお腹を押してもらい無事出産。
(頭の大きい子確定事案)
だっこの時はいつもイナバウアー状態。
(感覚過敏は大きくなっても健在)
生後1か月で公園デビューしたが、3歳でも言葉出ず。
(そもそも人に興味なしなので、あの当時話す必要もなかった・・・)
この段階で「この子、なんかおかしいぞ・・・」と思い始めていたが。
決定打は、
「発語よりも早く、文字を書き始めた」ことだった。
3歳児検診前、親の悪あがきとでも言うのだろうか。一生懸命になって、言葉の練習をしていた。せめて自分の名前くらい言って欲しい、そんな気持ちで毎日発音の練習をしていた。
ある日、なんでそんなことをしたかは覚えていないが、名前の発音と同時に、カタカナで一文字ずつ名前を書いてみた。
その光景をみた息子が、私が持っていたボールペンを使って、自ら一文字ずつ書いたのである。
もちろん無言で。
これはただ言葉が遅いだけじゃない!
絶対何かがある!
と思った数か月後、無事に(?)検診でひっかかり、療育センター通園を勧められた訳である。
診断は知的障害を伴わないタイプの広汎性発達障害。(今現在は、ASDとADHDという診断を受けている)視覚優位であることがわかり、普通に接するだけだとダメだと思い、娘の時とは真逆の事をしてみた。話す練習も絵本の読み聞かせも諦めた。
Eテレを長時間観ながら、親子で踊り狂った。(発語がないのでもちろん無言で)
大好きな図鑑(NEOシリーズ)の好きなページの文字を教えた(発語がないのでもちろん無言で)。漢字も教えた。
話す練習を一切放棄し、本人が好きなことに終日付き合った生活にシフトチェンジしたのである。これは、その当時専業主婦だったからできたことだと思う。(ある意味ラッキーだった)
結果、ようやく言葉を覚えることができたのであるが・・・。
一番最初に覚えた言葉が「偶蹄目」。ひらがなカタカナ、どこ行った状態。
そんな息子、今は生物学科に向けて受験勉強中である。将来は動物園で働きたいらしい。頑張れ。
本音、何が正しかったのかはわからないが、型破りな育児方法が息子にとっては正解だったのかもしれない。
