あの手帳の秘密はまだめくられない|片想い文芸部
ナルさんの下記記事に参加させていただきました。よろしくお願いします。
落し物って、だいたい気づいたときには手遅れだ。
それがよりによって、あの手帳だったなんて。
あぁー、誰かに見られたらどうしよう。
昼休みのキャンパス。
購買の前のベンチで、わたしは昨日の出来事をそっと書き足していた。
先輩とまたすれ違った。ストライプのブルーのシャツが爽やか、メガネ新調したのかな?かっこよすぎる。なんでも似合うなぁ。
書きながら、ちょっとだけ顔が緩んでしまう。
そのときだった。すぐ隣のベンチに、誰かが腰を下ろする気配を感じた。
思わず手帳を閉じて顔を上げると、
そこには——先輩がいた。
ぎゃー!心臓が跳ねる。
わたしは手帳をリュックに押し込み、まともに目も合わせられないまま立ち上がった。
そのまま、図書館に逃げ込むように歩いていった。
──そして、気づく。
手帳が、ない。
4月11日(金) 晴れ
大学って人多いなー。
2限の教室前で、あの先輩とまた会った。
ゼミの時も気になってたけど、ふわっと良い香り。何の香水だろう。声はかけられなかったけど、目が合ってドキッとした。
4月14日(月) 曇り時々雨
今日も廊下で遭遇。
スーツ姿だった。就活?
かっこよさが増し増し。やばい。
5月21日(水) 晴れ
生協の前で話しかけられた。
「すみません、それ◯◯ゼミの配布資料?」って。
心臓が口から飛び出るかと思った。
声、思ってたより低い。内臓に響く。嬉しすぎる。
6月3日(火) 曇り
今日もすれ違った。何も話せなかったけど。
それだけで一日いい日だったなって思える。
片想いって、たのしい。
落し物、というには少々私物感が強いもの、
コンパクトな手帳を、図書館の自習スペースで拾った。
名前らしきものは見当たらないけど、表紙のシールの貼り方や、角のめくれ具合で、なんとなく女性のものだとわかる。
開いてしまうのは、良くないことかもしれない。
でも、司書さんに届ける前に、中身に何かヒントがあるかもしれない。
そう思って、少しだけページをめくった。
「4月11日、金曜日 晴れ」
日記…? いや、なんだこれ…。
これ、絶対僕のことだよな。
“ブルーのストライプのシャツが爽やか、メガネを新調…かっこよすぎる”
“ゼミの時も気になってたけど、ふわっと良い香り。
声はかけられなかったけど、目が合ってドキッとした”
胸が、ぎゅっとなる感じ。
笑ってしまいそうなぐらい、可愛らしい。
でも、それ以上に、どうしていいかわからなかった。
これは自分に向けられた「想い」だ。
なのに、なにも返せない。
この子が誰か、わからない。
顔も確信が持てない。
この子がどんな気持ちで、書いていたのかも。
「片想いって、たのしい。」
最後の言葉を見て、そっと手帳を閉じた。
返さなければ。
でも、読んだことは、言えない。
言わないほうがいいと思った。
この物語は、自分の胸の中に留めないと…。

図書館から「落とし物があります」と連絡が来たのは、2日後だった。
ドキリとした。最初はピンとこなかったが、受付で見せられた手帳を見た瞬間、顔が熱くなる。
――よりによって、あれ、あの手帳。
もう出てこないと思ってた。
中身、見られてないよね。
そんな都合のいい希望を抱いたけれど、ページの間に挟んだ付箋の位置が微妙に違っていて、それだけで胸が締め付けられた。やばっ。
そして、手帳を受け取って図書館を出ようとすると、
そこにいたのは、他でもない先輩だった。
どうして…?
「手帳見つけたの僕なんだ。たまたまなんだ。あの日、自習席に置いてあって」
先輩は、静かな声で言った。表情に変化はなかった。
「……ありがとうございます」
何か聞かれるかもしれないと思っていた。でも、先輩は何も言わなかった。
「……それだけ。じゃあね」
少しだけ目を伏せて、でも、やさしく微笑んで、先輩はすっと去っていった。
それだけじゃない、何かを伝えてくれた気がした。
手帳は、手の中に戻ってきた。
でも、そこには何も足されていなかった。
言葉も、感情も。
それでも、何かが伝わった気がした。
見なかったふりをしてくれたんだ、きっと。
あのページたちを、優しく、胸の奥にしまってくれたんだ。
わたしは、そっと手帳を抱えたまま、図書館の階段を降りた。
夕暮れの風が、やけにあたたかかった。
見えない手のひらで、
わたしの想いをそっと包んでくれたみたいだった。
オリジナルに挑戦しました。拙い文章ですが、よろしくお願いします。
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