【シロクマ文芸部】私を九官鳥に変えたのは
ゆっくりと扉が開いて、顔を出したのは祖母だった。
「よく寝てたね」
まじまじと黒須芳人は祖母の顔を見つめた。
「あんたを見込んで頼みがあるんだけど」
陽気がうららかだった。
「この時期 何かと手が足りなくてね」
「猫の手を借りたいならクロが」
お呼びですか、とクロが鳴いた。
「それじゃ足りないんだよ 手伝ってくれるね?」
黒須芳人は、祖母の入れてくれた緑茶を一口飲んだ。
断るなら飲むべきでなかった。そのルールは古今東西変わらない。
祖母の緑茶で、黒須芳人は黒い羽の九官鳥に変身した。
腹を立て、大きく肩を動かすたび、羽がバサバサと散る。
「暴れるんじゃないよ なに、ほんの手伝いだけさ」
慣れた手つきで、祖母は黒須芳人を、鳥かごにおさめた。
翌日、黒須芳人は祖母と公園に出かけた。
「ここで10時って約束なんだ」
20分も前に着いたのに、間もなく声を掛けられた。
「○○はどちらですか?」
人の良さそうな男性が、所在なげにジャケット姿で立っていた。
「こちらですよ」
祖母が目くばせし、いやいや黒須芳人が九官鳥の姿で案内した。
○○という、地元スーパーの入り口まで来ると男性は
「ありがとう それじゃ」
というと手を振ってスーパーに入っていった。祖母は目礼した。
あわてて黒須芳人も祖母に倣った。
「これだけ?」
「そう、これがお見送り」
黒須芳人の前で、自動ドアをくぐった男性の姿はどこにもなかった。ドアの向こうは野菜売り場で、女性がネギをカゴに入れている。
「この次はあっち」
祖母はきびすを返して駅に向かった。
駅舎の、改札に向かう階段で、遊んでいる少女がいた。はだしだ。
「お嬢ちゃん、ママどこ?」
祖母は笑顔で、少女にゆっくり話しかけた。
「んー わかんない」
「そんじゃ ママのところにいくよ」
少女は、素直に階段から下りて、祖母と手を繋いだ。
「うん いく」
自然に、少女と手を繋いだ祖母が前になり、九官鳥の黒須芳人は後ろからついていった。下りの坂道にある、閑静な住宅地のバス停で、停車したバスから一人の妊婦が下りてくる。
「ママ!」
少女は、繋いでいた手をほどいて、妊婦に向かって駆け出した。坂道の傾斜で、その姿はすぐに見えなくなった。
「お産はまだ先かねえ」
祖母がつぶやいた。
「この調子であっちこっちするわけだ」
「まったく春はせわしなくてね やんなっちゃうよ」
「そういえば黒猫のクロは何がダメだったの?」
「いやあ 良かったんだ すごく喜ばれてね みんな笑顔になるんだよ」
それはそれで良かったんだけど。祖母の口調が、急に重くなった。
「クロにご褒美、あげなかったの?」
「あげたよ けど先に参っちゃってさ」
過労だ。
黒須芳人は直感した。
まだ2人を相手にしただけで、重たい疲労感が肩に乗り、言いようのない眠気がこみあげてくる。奔放な猫に計り知れないストレスになったことは言うまでもないだろう。
「でも さっき鳴いたのはクロだったよ」
「あんまりかわゆくて 見送ってないから此処にいるんだよ」
【終】
「死神が彼女を待つ理由」が好きで、私も書いてみました。
一般的に死神は眷属を持たないらしいですね。
