【アマノ文筆クラブ】段取りをきちんと
コントの台本の締め切りが、2時間後に迫ってきた。小山アキノブの鼓動は自然に早くなった。
「台本まだなん」
後ろから相方の真田マサミチが手元を覗き込む。
「横からごちゃごちゃされるとわやになるでぇ せかさんといて」
「おまえ その調子で1ヶ月以上ひっぱっとるがな」
控えめに、だが指摘を止めないマサミチの横から、細身の影がはしった。その気配にアキノブは身体をすくめる。
「おんどりゃあ 貴様どんだけ待たしよんねん ええかげんにせえ」
アキノブの姉・マヲミの特徴のある方言は、野太い男声ではなく、高いソプラノ女声で繰り出される。
マサミチは、
(マヲミさん【怒突くぞ】って言わんし、今日べつに機嫌はいいんだ)
と思う。
「ええか アキノブ こないだ段取り教えたったとこやろ?書きいな!」
アキノブの師匠はマヲミである。
「中の段取りは分かるねんけど 書き出すんがむずいねん」
マヲミが握ったこぶしを上げようとして、こらえているのをマサミチは見ている。マサミチは、自分の喋りがまずいのは分かっているので、マヲミが出てきたら、いつも引いて傍観に回ることに、決めてしまっている。
(マヲミさんこらえてんなあ)
見ているだけなら、目元の涼しい細身の美女が、不甲斐ない弟を温かく叱咤激励している、ほほえましくも見える光景だが、内輪言葉を聞けば泣く子も黙る。または怖がって泣きだすこともあるかもしれない。
(マヲミさんの激励って叱咤激励というよりも恫喝なんよね)
しかし、その間にも締め切りは迫る。
締め切りと言うのは詰まるところは出番のことで、台本がギリギリに上がるとコンビは練習する時間が取れず、ガチの本番一発勝負になる。マサミチはあがり症なので、せめて3回は台本を読み直して練習したい派なのだ。
マヲミの恫喝は終わらない。仕事の合間、休憩を抜け出してわざわざ楽屋に様子を見に来たところが、上がらない台本と情けない弟の姿に、いらだつのだろう。マサミチは10分経ったところで、マヲミに声をかけた。
「マヲミさん、アキノブの台本はもういいんです」
不意を突かれて、マヲミは振り返った。大きく見開かれた瞳に自分が映るのが、マサミチにはちょっとうれしかったりする。
「マサミチくん、ほなどないするん?」
マヲミのコント持論は笑いの段取りだ。よく練られた台本は客の笑いを段取りしているし、客は笑わされることで台本に深みを与える、というのだ。それなのに、マヲミの本業は雑誌モデルである。
「今のやつ動画とりましてん これでちょっと」
「うわっ」
マヲミは、正面から切りつけられて倒れる真似をしてみせた。
「マヲミさん時代劇出たんですか?殺陣うまいっすね」
「あ、うん ちょい役だけど けっこうな、これ受けんねん」
「ぼく丸腰やのに なんかマヲミさんをバッサリ切った気分です」
「こういうのも段取りやで 先にキッパリ切られとくねん」
アキノブはマヲミに言われっぱなしで貝になってしまっている。
「ほやったら やっぱぼくがマヲミさんの立ち位置なんかな」
とはいえマサミチは、マヲミほど口が立たない。アキノブはおもむろに口を開いた。
「ごめんな 台本書けんくて」
アキノブは淡々と返した。
「そんなん今から言うてもしゃあないやん 動画見て練習しよな」
どこか吹っ切れた風にマヲミは言った。
「私もう行くで マサミチくん優しくて良かったなぁ」
これでもかぶっとき。マヲミはカバンから出したアフロのウイッグを、アキノブに向かって投げた。
「え?オレがアフロヅラつけんの?」
「ええ段取りやん めっさ似合うで」
というわけで、結局アキノブの台本は完成しなかったが、必死の段取りで2人のコントは何とか仕上がった。途中で仕事帰りのマヲミが酔っぱらって舞台に乱入してきたため、客の笑いは完全にマヲミに食われた。2人が段取したコントとマヲミと、どちらが面白かったか。謎である。
【終】
友近の西尾一男さんとロバート秋山の鈴子ママのコラボは、神です。
