「驟雨」~見えない距離が生む濁流と、詰まりの解放~
2025/12/7~12/8 やしゃご「やしゃご実験室vol.1」 @アトリエ春風舎
について、やしゃご代表、伊藤毅の解説です。
公演に足を運んでくださった方へ。
そして、観られなかったけれどのぞき見したい方へ。

【「驟雨(しゅうう)」あらすじ】
姉・朋子の家に、妹・恒子がふらりと訪ねてくる。
家の裏では排水溝業者が作業をしている。
恒子は新婚旅行中の夫・学との『出来事』を理由に、離婚を口にする。
朋子はその話をなんとか受け流そうとするが、実は夫・譲との間に言葉にならない澱みが沈んでいる。
ふたりの姉妹とひとりの夫の時間は、ゆっくりと詰まり、濁りながら流れていく。
〈役名…出演者名〉
朋子(ともこ)…藤谷みき(青年団)
譲(ゆずる)…柳内佑介
恒子(つねこ)…椎名慧都(劇団俳優座)
排水溝業者…赤刎千久子(ホエイ)
※影響を与える、登場しない人物
金子学(恒子の夫)
ワタヒキ(排水溝業者2)

さてさて、ここからは岸田戯曲『驟雨』を現代に翻案するにあたって、どんな狙いで書いたかを綴ります。
【劇作:岸田戯曲と伊藤翻案の違い】
岸田戯曲が描いた「家庭の中に潜む見えない上下関係」を、
現代では「見えない距離感」としてアップデートしました。
近くて遠い距離感。Line・SNSの登場で岸田戯曲当時よりもさらにその感覚が強くなった。
「自由の相互監視状態」とでもいうのか。介入しやすく、しづらい感じ。
《家政婦を排水溝業者に》

岸田國士さんの「驟雨」は、
家政婦を最初に出すことで 朋子>家政婦 を見せておき、
譲登場で 譲>朋子≒恒子>家政婦 を示し、
当時の男女間・立場のパワーバランスを表現しています。
ほんで伊藤は、現代で家政婦を置くことは考えずらかったので、排水溝業者に変えました。
朋子≒排水溝業者、譲≧朋子≒恒子≒排水溝業者
って感じかなあ。
朋子・譲→内部(お家の人)
恒子→中間部(問題を持ち込む人)
排水溝業者→外部(コロス。「現代社会」代表。社会ってぐいぐい。)
※コロスとは、古代ギリシャ劇の〈観客の視線〉を代弁する役割のこと。
殺意のほうではない。

《油の塊について》
これを思いついた時に、「翻案いける!」と思いました。
そうです。気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、
排水溝にこびりついた油の塊は、
『人間の溜めていた鬱屈・ストレスのメタ』。
なので、油の塊が流されると、登場人物たちの心はそれぞれ変化し始めます。
朋子
理性(受け入れた人生)→理性(譲と恒子のバランサー)→【塊流れる】→感情(放出)
譲
理性(固まった夫婦関係)→感情(学を利用した言い訳)→【塊流れる】→破綻(虚しさ)
恒子
感情(結婚への無意識の不安)→感情(ままならぬ人生)→【塊流れる】→理性(俯瞰)
排水溝業者
変化なし
(※最後「男はつらいよ」を呟き続ける譲の赤裸々な吐露に若干引く。ああいう発言、冷たくみるよね。社会って。)

【演出:岸田國士の昇竜拳構成をどう楽しくお見せするか】
≪昇竜拳構成とは?≫
ストⅡの昇竜拳です。リュウとケンが使う。
わからない人は、家族の誰かに聞いてみてね。実家に電話するきっかけにもなるね。検索すれば事足りるけどね。
岸田國士戯曲の『最大の特徴』は何か。
それは、「話をブリ返しながらドラマを上昇させる」構成術です。
ちゃんというと、会話が一度収まりかけても、また話題が反復され、さらに温度が上がる構成。
僕はそれを「昇竜拳」と読んでいます。(マメチ:ケンは炎を出して昇竜拳します。あと、ちょっと前に出ます。)
全体として、その昇竜拳をどこまで空高くあげれるかを考えて演出しました。
≪演出家伊藤から見た岸田戯曲≫
岸田國士の短編戯曲は、とてもコントチックだと思っています。
真面目な重厚戯曲だと僕は思わない。
おもしろ寂しいのは、ごっつええ感じの名作「とかげのおっさん」。
言葉の裏で遊ぶ感じが、僕の中では「加賀屋」さんみたいな位置づけ。

≪心の中の「講談・高校演劇・ミュージカル・歌舞伎・シェイクスピア」≫
散りばめました。
ほぼすべて見たことないジャンルなので、あくまでイメージ。
のいのいはミュージカル出てるので、息継ぎの鼻でスンって吸う所が一番ミュージカルでした。
シェイクスピアは恒子が後半「せいし」で韻を踏むところ。なんか、(シェイクスってこんなんやろ?)って思って。
あとは、見た人はわかると思います。

≪間は外せない~秒数指定~≫
岸田戯曲→平田オリザ→伊藤毅。
脈々と「間使い」劇作・演出家は連なり続けています。
台詞を言う前の間に「秒数指定」を思いついたオリザさんの発明はすごい。
僕が楽に演出をつけられます。
で、僕は役者でしたので、俳優さんが気持ち良くなる間をずらして演出することが可能です。
芝居のための間じゃない、自意識が見えるやつだと僕は引いちゃうので、秒数指定してそれを防ぎます。
(※見えると面白い人もいるから、そこは俳優さんのタイプで演出してます。あと、任せちゃう人もいる。)
自分で間を制御できる俳優さんが、ここ10年で増えてきた印象があります。若い人なんか特に。
社会に対して、自己プロデュースをしなければならない機会が増えているからかなあと思うと、複雑な気分。
≪今回、「同時多発」はほぼ封印≫
同時多発っていうのは、二つの集まりが同時に台詞を喋ってカオス状態を作り出す手法。
(※僕にとっての「同時多発」はってことです。)
リアルよりもコント色を強くしたかったため、朋子(藤谷みきa.k.aみけ)に挿し込み引きツッコミをしてもらいました。
その分、響くシーンは響くように作れたんじゃないかなあ、どうだったかなあ?と思っています。

というわけで。
このような感じで『驟雨』は作られましたとさ。
流れ進んでいく「時代」の詰まりをキレイに掬い取っていく、それが演劇。
おしまい。
次は、『屋上庭園Ⅱ』の解説めいたものを書きます。
お楽しみにー。

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